2022年10月15日

自分が生きる責任

「フランクル回想録」−20世紀を生きてー V.E.フランクル 山田邦男(訳) 春秋社 1998年

年をとることについて p172〜

 「年をとることは、別に悪いことではないと思う。 私はいつも言っていることであるが、年をとるにつれて円熟していくと自分では信じることができる限り、年をとることは何ら問題ではない。 実際そうなっているという証拠に、私は、二週間前に書き終えた原稿が、二週間後の今ではもう満足できなくなっている。 このような補正作業がどこまで続くのか、ほとんど予測すらつかないほどである。

 この問題でいつも思い出すのは、プラナー岸壁を登っているときに起こったことである。 ヒマラヤ遠征隊長であったナズ・グルーパーが私をリードして、飛び出した岩の上に座り、ザイルで私を結び付けて、後から登って来させていたとき、突然こんなことを叫んだ。 「先生ー、先生の登りっぷりをみてると、怒らないで下さいよー、もう全然力がありませんねー。 でも、磨きがかかったクライミングの技術で、まあ上手にカバーしているんですねー。 ははっきり言って、あなたのクライミングは勉強になりますよー」。 さあ、これをヒマラヤの登山家が言ったんですよ。 思いあがるなと言う方が無理ですよ。

 年をとることは、結局、人間存在のはかなさの一側面に他ならない。 しかしこのはかなさは、根本的には、責任性への唯一の大きな励ましなのである。 それは、人間存在の基本的かつ本質的特徴である責任存在の認識への励ましである。 だから、あのロゴセラピーの格率*が、この自伝的描写との関連の中でもう一度繰り返されてもよいであろう。 それは、私がある日夢の中でまとめ、目覚めてすぐ速記し、『医師による魂の癒し』において公表したものである。 ー「あたかも汝が今二度目の人生を生きており、一度目の人生においては汝が今まさにしようとしているのと同じ過ちばかりを犯してきたかのように生きよ」。 自分の人生をそのように仮想的かつ自伝的に見ることによって、実際に、自分の責任性への感覚が高められるのである。」

格率* カントの倫理学で用いられた道徳的実践の原則。


posted by Fukutake at 08:17| 日記

幼い日の一刻

「銀の匙」 中勘助 作 岩波文庫

子供の日々 p73〜

 「あの静かな子供の日の遊びを心からなつかしくおもう。 そのうちにも楽しいのは夕がたの遊びであった。ことに夏のはじめなど日があかあかと夕ばえの雲になごりをとどめて暮れゆくのをみながら、もうじき帰らねば、とおもえば残り惜しくなって子供たちはいっそう遊びにふける。

 雨のあとなど首をたれた杉垣の杉の若芽に雫がたまってきらきら光ってるのを、垣根をゆすぶると一時にばらばらと散るのが面白い。 暫くすればまたさきのようにたまっている。
 遊び場の隅には大きな合歓の木があってうす紅いぼうぼうした花がさいたが、夕がた不思議なその葉が眼むるころになるとすばらしい蛾がとんできて褐色の厚ぼったい翅をふるわせながら花から花へ気ちがいのようにかけまわるのが気味がわるかった。 合歓の木は幹をさすればくすぐったがるといってお国さんと手のひらの皮がむけるほどさすったこともあった。

 夕ばえの雲の色もあせてゆけばこっそりと待ちかまえてた月がほのかにさしてくる。 二人はその柔和なおもてをあおいで、お月さまいくつ をうたう。
「お月さまいくつ、十三ななつ*、まだとしゃ若いな…」
お国さんは両手で眼鏡をこしらえて
「こうしてみると兎がお餅をついているのがみえる」
というので私もまねをしてのぞいてみる。 あのほのかなまんまるの国に兎がひとりで餅をついてるとは無垢にして好奇心にみちた子供の心になんという嬉しいことであろう。 月の光があかるくなればふわふわとついてあるく影法師を追って、影やとうろ をする。

 伯母さんが
「ごぜんだにお帰りよ」
といって
迎えにきてつれて帰ろうとするのを一所懸命足をふんばって帰るまいとすればわざとよろよろしながら、
「かなわん かなわん」
といって騙し騙しつれてかえる。 お国さんは
「あすまた遊んでちょうだいえも」
という伯母さんに さようなら をして帰るみちみち
「かいろが鳴いたからかーいろ」
という。 私も名残おしくて同じように呼ぶ。 そうしてかわるがわる呼びながら家へはいるまでかわるがわる呼んでいる。」

お月さまいくつ、十三ななつ* 十三夜の七つどき(午後四時ごろ)の出たばかりの月のことで、まだ若いの意。

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子供たちの声が聞こえてきそうな、迫真の描写
幼い
posted by Fukutake at 08:11| 日記