2022年10月13日

忠烈烈士

二・二六事件 「蹶起趣意書」

 「謹んで惟(おもんみ)るに我神州たる所以は、万世一系神たる天皇陛下御統帥の下に、挙国一体生成化育を遂げ、遂に八紘一宇を完(まつと)ふするの国体に存す。此の国体の尊厳秀絶は天祖肇国(ちょうこく) 神武建国より明治維新を経て益々体制を整へ、今や方(まさ)に万方に向つて開顕進展を遂ぐべき秋(とき)なり。

 然るにに頃来(けいらい)遂に不逞兇悪の徒簇出して、私心我慾を恣(ほしいまま)にし、至尊絶体の尊厳を藐視(びょうし)し僭上之れ働き、万民に生成化育を阻碍して塗炭の痛苦に呻吟せしめ、随って外侮外患日を遂ふて激化す。

 所謂元老重臣軍閥官僚政党等は此の国体破壊の元凶なり。倫敦海軍条約並に教育総監更迭に於ける統帥権干犯、至尊兵馬の大権の僭窃を図りたる三月事件、或は学匪、共匪、大逆教団等、利害相結んで陰謀至らざるなき等は最も著しき事例にして其滔天の罪悪は流血憤怒真に譬え難き所なり。中岡、佐郷屋、血盟団の先駆捨身、五・一五事件の噴騰、相沢中佐の閃発となる寔(まこと)に故なきに非らず。

 而(しか)も幾度か頸血を濺(そそ)ぎ来つて今尚些(なおいささ)かも懺悔反省なく然も依然として私権自慾に居つて苟且(いやしくも)偸安を事とせり。露支英米との間一触即発して祖宗遺垂の此の神州を一擲破滅に堕らしむるは火を賭(み)るよりも明らかなり。

 内外真に重大危急にして国体破壊の不義不臣を誅戮して御稜威(みいつ)を遮り、御維新を阻止し来れる奸賊を芟除(さんじょ)するに非らずんば皇膜を一空せん。恰も第一師団出動の大命を煥発せられ、年来御維新新翼賛を誓ひ殉国捨身の奉公を期し来りし帝都衛戍の我等同志は將に万里征途に上らんとして而も顧みて内の世状に憂心転々(うたた)禁ずる能わず。君測に奸臣軍賊を斬除して彼の中枢を粉砕するは我等の任として能く為すべし。臣子たり股肱たるの絶対道を今にして尽くさざれば破滅沈倫を翻すに由なし。

 茲茲(ここ)に同憂同志機を一にして蹶起し奸賊を誅滅して大義を正し国体の擁護開顕に肝脳を竭(つ)くし以つて神州赤子の微衷を献ぜんとす。
 皇祖皇宗に神霊冀(ねがわ)くば照覧冥助を垂れ給わんことを。

昭和十一年二月二十六日
                     陸軍歩兵大尉 野中四郎
                           外同志一同

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忠烈無比の至情ここにあり。
posted by Fukutake at 08:09| 日記

源氏物語

「本居宣長(上)」 小林秀雄 新潮文庫

 もののあはれ p140〜

 「さて、ここで「源氏物語」の味読による宣長の開眼に触れなければ、話は進むまい。開眼という言葉を使ったが、実際、宣長は、「源氏」を研究したというより、「源氏」によって開眼したと言った方がいい。彼は、「源氏」を評して、「やまと、もろこし、いにしへ、今、ゆくさきにも、たぐふべきふみはあらじとぞおぼゆる」(「玉のおぐし」二の巻)と言う。異常な評価である。冷静な研究者の言とは受取れまい。率直は、この人の常であるから、これは存のままの彼の読後感であろう。彼は「源氏」を異常な物語と読んだ。これは大事なことである。宣長は、楫とりの身になった自分の問いに、「源氏」は充分答えた、と信じた。有りようはそういう事だったのだが、問題は、彼自身が驚いた程深かったのである。

 「土佐日記」という、王朝仮名文の誕生のうちに現れた「もののあはれ」という片言は、「源氏」に至って、驚くほどの豊かな実を結んだ。彼は、「あはれ」の用法を一つ一つ綿密に点検はしたが、これを単に言語学者の資料として扱ったわけではないのだから、恐らく相手は、人の心のように、いつも問う以上の事を答えたのであろう。ここでも、彼自身の言葉を辿ってみる。ー「すべて人の心といふものは、からぶみに書るごと、一トかたに、つきぎりなる物にはあらず、深く思ひしめる事にあたりては、とやかくやと、くだくだしく、めめしく、みだれあひて、さだまりがなく、さまざまのくまおほらかなる物なるを、此物語には、さるくだくだしきくまぐままで、のこるかたなく、いともくはしく、こまかに書きあらはしたること、くもりなき鏡にうつして、むかひたらぬがごとくにて、大かた人の情(ココロ)のあるやうを書るさまは、ー」という文に、先にあげた「やまと、もろこし」云々の言葉がつづくのである。

 してみると、彼の開眼とは、「源氏」が、人の心を「くもりなき鏡にうつして、むかひたらむ」が如くにみ見えたという、その事だったと言ってもよさそうだ。その感動のうちに、彼の終生変らぬ人間観が定着したー 「おほかた人のまことの情といふ物は、女童のごとく、みれんに、おろかなる物也、男らしく、きつとして、かしこきは、実の常にあらず、それはうはべをつくろひ、かざりたる物也、実の心のそこを、さぐりてみれば、いかほどかしこき人も、みな女童にかはる事はなし。それをはぢて、つつむとつつまぬとのたがひめ計(ばかり)也」(「紫文要綱」巻下)。」だが、そこまで話を拡げまい。これは、いずれ触れなければならない。」

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みな人は女童(めのわらは)なり。

posted by Fukutake at 08:03| 日記