2022年10月09日

特攻隊のお兄さん

「兵隊さんのこと」 大角泰子(81) 大阪市吹田市
産経新聞「朝晴れエッセー」より

 「八月が来ると思い出す。 実家の近くに飛行場があり、今も自衛隊の航空機が飛ぶ石川県小松市。 昭和二十年頃は少し広い家の何軒かに分かれて兵隊さんが泊まっていた。

 私は四歳で、兵隊さんと呼ぶ人は神風特攻隊の二十前後の青年。 一般の兵隊さんは学校の講堂で寝泊り。 実家には六人いて終戦の少し前に出兵する。 終戦がもう少し早ければ、出兵することもなく命を落とすこともなかったのにと母はよく言っていた。

 母はその中の一人で軍服姿の青年の写真を床の間に飾っていた。 熊本県出身の彼の母親との手紙のやり取りを、私が二十三歳で結婚した後もずっと続けていた。 兵隊さんのいた床の間横の半畳に刀傷があり、六年生の頃、母に聞くと「兵隊さん同士のけんかで」と言った。 何が原因かきいていなかった。 詳しく話さなかった気がする。
 
 ある日、兵隊さんの食事が運ばれてきた。 私はすごく欲しがっていたらしく、「あれは兵隊さんの。 泰子のはここ」と言う母の言葉がかすかに残る。 運ばれてくるごとに言っていたように思う。

 座敷のテーブルのようかん一切れを、きっと我慢できずに取り、兵隊さんに怒られ母のいる台所へ飛んで行った。 母に「兵隊さんのだから返してきて」と諭されて返しに行ったことは、今も忘れない四歳の記憶。 食糧の乏しい時代、特別食による出兵前の最後の晩餐のように思えてならない。

 ひもじい思いで何でも欲しがった私は八十一歳、学童疎開で叔父の家に行った兄は八十五歳。 二人でそんなこともあったなと懐かしむ日もある。」

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posted by Fukutake at 10:38| 日記

ワル!?

「紳士の言い逃れ」 土屋賢二 文春文庫 2013年

「昔はワルだった」 p102〜

 「わたしが昔はワルだった」と自慢したら、教え子が反論した。
「なぜ昔ワルだったとことが自慢になるのですか? 恥になるだけでしょう?  過去に汚職をした政治家は確実に落選します。 前科があれば更生しても就職は難しくなるんですよ。 恥になることを自慢するなんてバカもいいところです。 だいたい、過去を自慢する男はロクなものじゃありません」
「参考までに言うが、わたしは違う。 わたしはいまでもワルだ。 妻の財布から金を抜き取っている」
「情けなすぎます。 わたしが先生の教え子だということは内緒にしてください」
「でも女は、親のいうなりなるマザコン男を嫌うだろう? 昔ワルだった男は、親や他人の言うなりにはならないんだよ」
「でも昔ワルでも、いまは改心して親の言うなりになるんでしょう?」
「たしかにわたしも寝小便はやめている。 だがワルだった男は改心したといっても、親に反抗する危険を常にはらんでいるんだよ」
「寝小便の危険もはらんでいるんですか?」
「そ、そうだ。 そのうち寝小便してみせる」
「あと何年かしたらきっとそうなりますよ。 でも反抗心がある男って自分勝手でしょう? 女のことばに耳を傾けないような」
「じゃあ、反抗心があるのに、君にだけは言うなりになる男ならどうだ?」
「わたしの言うなりになるような男は嫌いです」
「勝手だな。 だが少なくとも、裏も表も真面目な男は魅力がないだろう? ワルだった方が深みが出る」
「見かけは真面目だけれど隠れて空き巣を働く男でも深みがあるんですか? 見かけは従順だけど本当はすぐスネる寝小便男だったら、深みが出るんですか?」
「でもそういう男はミステリアスジャないか」
「欠点が隠れているだけでしょう? それに昔ワルだったと言っても、<昔ハトを殺したことがある>とか<ノゾキをしていた>とか<線路に石を置いた>とか<クラスの子をイジメていた>と分かったら、女はみんな逃げますよ」
「じゃあ、<昔は毎日ケンカに明け暮れていた>と言ったらどうだ? 魅力が増すんじゃないか?」
「協調性がないだけです。 そんな男にまともな人間関係は築けません」
「じゃあ君はケンカをする度胸もない八方美人男がいいのか?」
「すぐケンカする男よりマシです。 度胸はもっと重要なときに使うべきです。 期限切れの食べ物を進んで食べるとか、借金してでも高価なプレゼントを買ってくれるとか」
「どこまで勝手なんだ」
「勝手なのは男です。 本当にワルだった男は自慢したりしません。 ワルに憧れていたのにワルになれなかった情けない男にかぎって、昔はワルだったと自慢するらしいですよ。 自慢する男は勝手な上にアサハカです」

 ワルには生きにくい社会になったものだ。

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posted by Fukutake at 10:34| 日記