2022年10月08日

自分中心主義の極地

「悪の哲学」 ちくま哲学の森3 筑摩書房 1990年

連続殺人者*のメモ 池内紀・訳 p138〜

 「襲ったり、殺したり、そんな犯行を想像すると夢精を覚えた。 実行しないと、自分の方が首をつりかねないほどだった。 気持ちがたかぶって歌をうたいたくてたまらない。 実際犯行のあと、歌をうたった。…

 肉親がいなかったら、とりわけ妻がいなかったら、もっとどっさり殺していただろう。 新聞という新聞がキュルテンのニュースであふれ返っていただろう。 処刑台でこの首を落とされるに先だち、裁きの場で世の阿呆どもにつばを吐いていただろう。

 裁判が平穏にすむことを願っている。 裁判の非公開を申したてたのは、青少年への影響を考えたからである。 センセーションな報道がいかに犯罪をうながすか、私自身、自分の体験でよく知っている。 若い娘たちが顔をほてらせて新聞を読んでいたし、翌日の事件をチョコレートで賭けっこしているのを見かけた。 往来で女子専門学校の生徒らしい娘が、こう言うのを耳にした。
「あたしには何もしないとさえわかっていらた、いっしょにいってもいいわ」
デュッセルドルフの殺人鬼のことを言っていたわけだ。

 どこか川か湖、あるいは深いので有名なシュタインフートのほとりにボートをこぎ出し、首玉に石をつけてとびこんでもよかった。 ただそうすると、この私はもはや現れない。 犯行のすべてがこの身とともに闇に沈んだ。

 死刑について問われたが、処刑される当人が、いまのこの私のように醒めていると答えにくい。 しょせんは死刑によって何が達せられるわけでもない。 流された血が私の血で洗われるものかどうか、疑わしい。 大衆が求めるところの報復を行うだけのこと。

 自分で自分の犯罪を考えるとして、とくに子供を殺したことにおいて、わがとわが身に死刑を要求したいほど自己嫌悪を覚える。 だからこそ醒めずにはいないのだ。 もっとも、死刑それ自体のこととなると、学者同士が論争しているではないか。 つまり、こういうことか。 
「何のために首をはねる、わめいている連中を納得させるためだけのこと?」

 つけ加えておきたいのだが、私はしばしば声を聞いた。 住居の窓の下に群衆がいた。 市長が演説している。 つづいて警視総監が登場して、一人の警官におほめのことばをたれた。 デュッセルドルフの殺人鬼を逮捕したからだ。 まるで本当の声のようにはっきりと聞こえた。 一方の耳は現実の声、もう一方は夢の声。 そんなふうに私は半身ずつ別の人間だった。

 首を落とされると困ることが一つだけある。 首なしでは本が読めない。」

連続殺人者*  ペーター・キュルテン 両大戦間のドイツを騒がせた大量殺人犯。一九三一年死刑執行。

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posted by Fukutake at 07:58| 日記

やまと心

「兄小林秀雄との対話」ー人生についてー 高見澤潤子 講談社現代新書

大和魂 p18〜

 「大和魂っていうと、たいてい軍国主義的に考えるが、宣長なんかは、ぜんぜんそんな意味でいっていない。 愛国心とか、祖国を思う心は、含まれているかもしれないがね。」

「”朝日ににおう山ざくら花”っていうと、いかにも美しい。 だけど、にいさんのいうように、宣長のころのような美しい山ざくらが、今はもうなくなっているんじゃ、本当の美しさもわからなくなってるわね。」

「大和心っていうことばが、いちばん古く出ているのは、『後拾遺和歌集』にある赤染衛門の歌だし、大和魂のほうは『源氏物語』の『乙女』の中だ。 ”学問をもとにしてこそ、大和魂もいっそうしっかりと世に用いられる”というようなことをいっている。 宣長の使っているのは、そういう古いことばの意味でだ。 学問と大和魂とはちがう。 けれど、学問をすれば、大和魂が強く現われる、と光源氏はいうんだ。『今昔物語』には、学問があっても、大和魂がない学者のことが出ている。 ある学者の家にどろぼうがはいったが、学者はじっとしていて、どろぼうが門の外に出たとき、”おまえの顔をみてしまったよ”といった。 そこですぐ、どろぼうはその学者を殺してしまった。 かれには学問があったが、大和魂はなかった、と書いてある。」

 「じゃ、その場合の大和魂っていうのは…。」

「融通のきかない、かたい学問知識にたいして、柔軟な、現実生活に即した知恵のことをいってるんだね。 学者とか知識人とかは、観念的な生活をしているが、そこには大和魂はない。 一般の、あたりまえの、日本人的な、具体的な生活をしている人たちが、大和魂をもっているっていうんだ。 徳川初期の国学者の万葉学者ともいわれる契沖というえらい坊さんはね、”大和魂なる法師”と宣長にいわれたんだよ。 それは、日本人をほんとうによく知っている人っていう意味だ。」

「身についていたのね。」

「在原業平が、”ついに行く道とはかねて聞きしかど きのうきょうとは思わざりしを” という辞世をよんだろう。 契沖はこれをほめて、”たいていの人は、自分をえらく見せようと思って心にもないうそをいったり、いつわりの歌をうたったりして死んでいくが、これは一生のまことを正直にあらわしている”といった。 宣長もまた、”あっぱれだ、これこそ、大和魂をもった法師だ”ってほめたのだ。」

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posted by Fukutake at 07:53| 日記