2022年09月26日

いたむ心で十分

「父・こんなこと」 幸田 文 新潮文庫

葬儀 p82〜

 「(父・幸田露伴の)葬儀については遺言など無かったが、ずっと前には私は父自身からから聴いていたから、それは遅疑するところ無く決定していたのである。その易(ととの)わんより寧ろ戚(いた)め、なのである。
 呉先生がお亡くなりになって、もう何年もなるだろう。この時も私が名代をした。青山斎場の通は喪服の行列であり、受附には御門生と思える沢山の青年達が控えてい、私は名刺を出して代参の詫を述べた。霊前には余栄を語る畏(かしこ)きあたり、各宮家から真榊(まさかき)が並びつらなり、香煙は籠め、うしろに控え待つ人のために焼香はみな早間になされるその中に、私の前なる老人はあきらかに聞取れる声で、「忰がお世話になりまして」と云って、二度の礼拝をしていた。遺族親戚の方々は名も御存じない筈の私へも、作法正しい深い礼を返され、すべては丁重のうちに華々しくさえ見受けられ、立派であった。

 父はその報告を聴いていたが、にこにこと機嫌よく、おまえは私の葬式がどういうようになると思っているかと訊いた。機会である。子の方からやたらには切り出せない事柄である。狡猾さを気にしながら問を以て答えとした。「どんな風にするのかしら。」「おまえがきょう見て来たものとは凡そ違うものなのさ。溢れるほどに人が来るなんて思っていれば見当違いだ」と云って笑い、「明の太祖の昔話にあるじゃないか。棺桶も買えない貧乏な兄弟がおやじさんを開き樽に入れて、さし荷いでとぼとぼと行く途中の石ころ道に、吊った縄は断れる、仏様はころがり出す。しかたがないから一人が縄を取りに帰ったなんていうのは、いくらなんでもあんまり厄介過ぎるから、まあ住んでる処の近処並に極あっさりとやっといてくれりゃそれでいいよ。おまえは気の毒だがうちは貧乏だ、わたしの弔いのためにおまえが大骨折って金を集めたり、気を遣ったりして尽くしてくれることはいらない。傷むなと云ったっておまえは子だから傷むにきまっている、それで沢山なんだよ。」なごやかな心で柔かく話す時の父の調子は、まったくいいものであった。よその父親は如何に娘に話すか知らないが、こういう時の父は天下一品のおやじだと思っている。どこのおとうさんととりかえるのもいやだと思う。だから叱られて泣く時にはたまらないが、思い出して我慢するのである。

 私は勇気を出して、訊くだけのことは訊いておこうとした。「お葬式は死んだ人の格でするの、それとも残った人の柄でするの。」「そりゃ一体婚礼でも葬式でも人の集まることには、自然のなりゆきというものを考えに入れなくてはならないから、きめておくというわけにも行くまい。そんなことは、なあに気にすることは無いよ、ぶつかった時をよく見ればすぐにわかるさ。」これは少し心細いことだったが押した。「それじゃその場にしたがって文子のできるだけでいいの。」「そうさ、なんでもおまえがあくせくしないでやれるところが、ちょうどいいところだ。」二度は聴くまいこれらのことは、刻んで覚えた。」

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父の葬儀の心得
posted by Fukutake at 09:37| 日記

いたむ心で十分

「父・こんなこと」 幸田 文 新潮文庫

葬儀 p82〜

 「(父・幸田露伴の)葬儀については遺言など無かったが、ずっと前には私は父自身からから聴いていたから、それは遅疑するところ無く決定していたのである。その易(ととの)わんより寧ろ戚(いた)め、なのである。
 呉先生がお亡くなりになって、もう何年もなるだろう。この時も私が名代をした。青山斎場の通は喪服の行列であり、受附には御門生と思える沢山の青年達が控えてい、私は名刺を出して代参の詫を述べた。霊前には余栄を語る畏(かしこ)きあたり、各宮家から真榊(まさかき)が並びつらなり、香煙は籠め、うしろに控え待つ人のために焼香はみな早間になされるその中に、私の前なる老人はあきらかに聞取れる声で、「忰がお世話になりまして」と云って、二度の礼拝をしていた。遺族親戚の方々は名も御存じない筈の私へも、作法正しい深い礼を返され、すべては丁重のうちに華々しくさえ見受けられ、立派であった。

 父はその報告を聴いていたが、にこにこと機嫌よく、おまえは私の葬式がどういうようになると思っているかと訊いた。機会である。子の方からやたらには切り出せない事柄である。狡猾さを気にしながら問を以て答えとした。「どんな風にするのかしら。」「おまえがきょう見て来たものとは凡そ違うものなのさ。溢れるほどに人が来るなんて思っていれば見当違いだ」と云って笑い、「明の太祖の昔話にあるじゃないか。棺桶も買えない貧乏な兄弟がおやじさんを開き樽に入れて、さし荷いでとぼとぼと行く途中の石ころ道に、吊った縄は断れる、仏様はころがり出す。しかたがないから一人が縄を取りに帰ったなんていうのは、いくらなんでもあんまり厄介過ぎるから、まあ住んでる処の近処並に極あっさりとやっといてくれりゃそれでいいよ。おまえは気の毒だがうちは貧乏だ、わたしの弔いのためにおまえが大骨折って金を集めたり、気を遣ったりして尽くしてくれることはいらない。傷むなと云ったっておまえは子だから傷むにきまっている、それで沢山なんだよ。」なごやかな心で柔かく話す時の父の調子は、まったくいいものであった。よその父親は如何に娘に話すか知らないが、こういう時の父は天下一品のおやじだと思っている。どこのおとうさんととりかえるのもいやだと思う。だから叱られて泣く時にはたまらないが、思い出して我慢するのである。

 私は勇気を出して、訊くだけのことは訊いておこうとした。「お葬式は死んだ人の格でするの、それとも残った人の柄でするの。」「そりゃ一体婚礼でも葬式でも人の集まることには、自然のなりゆきというものを考えに入れなくてはならないから、きめておくというわけにも行くまい。そんなことは、なあに気にすることは無いよ、ぶつかった時をよく見ればすぐにわかるさ。」これは少し心細いことだったが押した。「それじゃその場にしたがって文子のできるだけでいいの。」「そうさ、なんでもおまえがあくせくしないでやれるところが、ちょうどいいところだ。」二度は聴くまいこれらのことは、刻んで覚えた。」

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父の葬儀の心得
posted by Fukutake at 09:37| 日記

除霊

「ぬるい生活」 群ようこ 朝日新聞社 2006年

除霊 p126〜

 「ついこの間、女性四人で会った。中の一人が以前からと違い、顔つきが明るく顔色もよく、むくんだようになっていた体も細くなっていて、明らかに体調が戻ったと傍目にもわかった。
「よかったわね」と話していたら、彼女が、
「みなさんにはご心配をおかけしました」と頭を下げたあと、
「実は悪霊が憑いていたんです」といい出した。
「はあ?」韓国料理を食べていた私たちは、思わず箸が止まり、
「悪霊?」と聞き返した。せっかく病気が完治しつつあるのに、別の問題が起きたかと驚いてしまったが、
「病気になったのは本当なんです。でもそこを悪霊につけ込まれたらしいんです」という。「はあ」

 こういう話は、「はあ」といって聞いているしかない。
前に会ったとき、彼女はあまり病気がよくならないので、どうしたら現状を打破できるかと、当たるという占師を探して、観てもらったという。するとその人は彼女に、
「これを持っていると悪いものから守ってくれるから」
と小さな水晶を渡した。もちろんお金は払ったけれども、びっくりするような値段ではなかった。それが、家に持ち帰って置いておいたら、あるとき無くなっているのに気がついた。子供がいたずらした気配もない。このままでいいのかと占師に連絡すると、その水晶が悪いものを引き受けてくれたので、そのままにしておいてよいといわれたといっていた。

 人間は不安になると何かに頼りたくなるから、それもまたあることだろうと、私たちは黙って聞いていた。 しかしそれからまた症状が悪化したので、別の占師に観てもらったら、悪霊が憑いているといわれて、彼女はびっくりした。もちろんそんな話は夫も信じない。しかし現実に病気があるわけだし、何とか治りたいと思った彼女は、無料で除霊をしてくれるところに、夫と一緒に出向いた。三月、六月の二回除霊をしてもらったが、それだけでは悪霊が取れず、九月にも除霊して、やっと気分が晴れるようになったというのだ。
「そんなに何度もしたの?」
「はい、一度にとりきれなかったので、全部で十一人いたんです」
「えっ、十一人?」
「三月に三人、六月に三人、九月に五人、除霊してもらいました」
「はあ」

「萩尾望都の漫画に、そういうのがあったよね」
そう私たちはいいながら、彼女の話を聞いていた。体を棒で突っつかれて、悪霊とのすったもんだのやりとりがいろいろあるらしいのだが、明らかにその時に、自分でない何かが体の中にいるのがわかったという。
「それで最後に、何かが口から出たんです」
 除霊をしてくれた人の話によると、精神状態が脆い状態になったときに、すかさず取り憑く悪霊がいるらしい。最初は全く信用していなかった彼女の夫も、彼女に付き添って除霊の現場を見てはじめて、これは本物だと認めたとのことだった。…

 過程はどうあれ、ともかく彼女が社会復帰できてよかった。また人の弱みにつけ込む、悪徳商法や怪しげな宗教にひっかからなくてよかった。病気も自分や周囲の人のせいではなく、悪霊の仕業と考えたら、彼女も気持ちが軽くなるだろう。しかしどうしてそれだけの悪霊が憑いたのか。それがしばらく私たちの間では、一番の話題になったのである。」

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posted by Fukutake at 09:32| 日記