「イソップ寓話集」 中務哲郎 訳 岩波文庫
一五〇 ライオンと鼠の恩返し p125〜
「ライオンが寝ていると、ネズミが体の上を走った。ライオンが起き上がり、鼠を捕まえ、ひと呑みにしようとしたところ、鼠は命乞いをして、助けられたなら恩返しをすると言ったので、笑って逃してやった。
そして、ライオンは程なく鼠のお陰で命びろいをすることになる。猟師に捕らえられ、ロープで木に縛りつけられた時のこと、鼠が呻きを聞きつけて現れ、ロープを齧り切り、ライオンを解き放って言うには、
「あの時あなたは、わたしからお返しを貰うことなどあてにはできぬとばかり、わたしを笑って馬鹿にされたが、今こそ分かって下さいな。鼠にも、恩返しはできるのです」
時勢が変われば、いかなる有力者でも弱い者の助けが必要となる、ということをこの話は解き明かしている。
(英文)「Aesop's Fables」英語文庫 講談社
4The Mouse and the Lion p15〜
「A mouse accidentally scurried over the back of a sleeping lion, waking him up. The lion grabbed the mouse and was just devour him when the little creature began to beg for his life.
"Please let me go!" cried the mouse.
"If you spare my life, perhaps, I can do the same for you one day."
" A little pipsqueak like you?" said the kion, roaring with laughter. "That's the funniest thing I've ever heard. Go on, get out of here, You wouldn't be much of a meal anyway."
The lion let the mouse go and went back to sleep, convinced he would never see him again. A few days later, however, the lion was captured by hunters, who left him bound to a tree with ropes while they went to fetch their bows and arrows.
" Ah, this is the end of me," groaned the lion.
" No, it isn't," said the mouse, who had suddenly appeared out of nowhere.
Without another word, he began to gnaw through the ropes and soon the lion was free.
" You laughed the other day" said the mouse, "but even a little pipsqueak like me has room in his heart of gratitude."
Act of kindness, no matter how small, will not go unrewarded.」
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誰にでも親切に!
不可能性理論
「不可能、不確実、不完全」ーできないを証明する数学の力ー
ジェイムズ・D・スタイン ハヤカワ文庫ノンフィクション 2012年
ゲーテル p218〜
「クルト・ゲーテルは今のチェコ共和国で生を享けた。彼の学才は幼い頃から明らかだった。ゲーテルは最初、数学と理論物理学のどちらを選ぶか迷ったのだが、車椅子から離れられないカリスマ教官の講座をとったことを機に数学に決めている。ゲーテルは自分の健康問題を強く意識していた。その意識が強すぎてのちに自分を破滅に導くことを思うと、その教官の境遇がゲーテルの決定に大きな影響を与えたと言えるかもしれない。
一般にヨーロッパの数学者は、終身在職権を得るためにハードルを二つ越える必要がある。ひとつは博士論文なのだが(これは米国の数学者にも同様)、さらに大学教員資格というものがあって(ありがたいことに米国の数学者には不要)、注目に値する仕事をもうひとつ、博士号を授かった後に為さなければならない。ゲーテルはというと、彼は数理論理学に興味を持つようになり、博士論文のテーマには、ヒルベルトなどが提案したある述語論理系が完全ー その系内の真であるすべての帰着が証明可能ー であることの証明を選んだ。この帰着は命題論理が無矛盾というエミール・ポストによる証明をはるかに凌いでいたのだが、それを導くのに数学的帰納法が用いられていた。そこでゲーテルは大学教員資格に向けて狙いを真の大物に定めた。算術の無矛盾性、すなわちヒルベルトの二三の問題の第二問題である。
一九三〇年八月、その仕事を完成させたゲーテルは、ある数学会議に一般講演論文を投稿したのだが、その会議の目玉はヒルベルトによる「論理学と自然認識」と題する講演だった。ヒルベルトは相変わらず物理学の公理化と算術の無矛盾性の証明を追い求めており、彼は講演を「われわれは知らなくてはならない。われわれは知るであろう」と力強く締めくくった。皮肉なことに、同じ会議のゲーテルによる一般講演論文には、「われわれは知るであろう」というヒルベルトの夢を永遠に打ち砕くことになる帰結が含まれており、そのことが発表時間二〇分で説明されている。スポットライト(または数学会議でならスポットライトとして通用するもの)から遠く離れたどこかで行われた講演でゲーテルが発表した帰結によると、私たちは次の状況のどちらかが真実であると認めざるをえない。すなわち、証明できない命題(今では決定不可能命題と呼ばれている)が算術に含まれていることか、ペアノの公理が矛盾することだ。今日に至るまで、ペアノの公理が矛盾することは誰も証明していない。そして、長らく未解決であるにもかかわらず、どの数学者を捕まえてみてもペアノの公理が無矛盾であるほうにいくらでも賭け金を積むだろう。いずれにしても、この帰結がゲーテルの不完全性定理として知られている。
アインシュタインの相対性理論が物理学界を魅了してほとんどすぐさま受け入れられたのに対し、数学界は当初、ゲーテルの仕事の真価を認めなかった。だがそれから五年ほどで彼の帰結は幅広く認められて受け入れられている。」
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ジェイムズ・D・スタイン ハヤカワ文庫ノンフィクション 2012年
ゲーテル p218〜
「クルト・ゲーテルは今のチェコ共和国で生を享けた。彼の学才は幼い頃から明らかだった。ゲーテルは最初、数学と理論物理学のどちらを選ぶか迷ったのだが、車椅子から離れられないカリスマ教官の講座をとったことを機に数学に決めている。ゲーテルは自分の健康問題を強く意識していた。その意識が強すぎてのちに自分を破滅に導くことを思うと、その教官の境遇がゲーテルの決定に大きな影響を与えたと言えるかもしれない。
一般にヨーロッパの数学者は、終身在職権を得るためにハードルを二つ越える必要がある。ひとつは博士論文なのだが(これは米国の数学者にも同様)、さらに大学教員資格というものがあって(ありがたいことに米国の数学者には不要)、注目に値する仕事をもうひとつ、博士号を授かった後に為さなければならない。ゲーテルはというと、彼は数理論理学に興味を持つようになり、博士論文のテーマには、ヒルベルトなどが提案したある述語論理系が完全ー その系内の真であるすべての帰着が証明可能ー であることの証明を選んだ。この帰着は命題論理が無矛盾というエミール・ポストによる証明をはるかに凌いでいたのだが、それを導くのに数学的帰納法が用いられていた。そこでゲーテルは大学教員資格に向けて狙いを真の大物に定めた。算術の無矛盾性、すなわちヒルベルトの二三の問題の第二問題である。
一九三〇年八月、その仕事を完成させたゲーテルは、ある数学会議に一般講演論文を投稿したのだが、その会議の目玉はヒルベルトによる「論理学と自然認識」と題する講演だった。ヒルベルトは相変わらず物理学の公理化と算術の無矛盾性の証明を追い求めており、彼は講演を「われわれは知らなくてはならない。われわれは知るであろう」と力強く締めくくった。皮肉なことに、同じ会議のゲーテルによる一般講演論文には、「われわれは知るであろう」というヒルベルトの夢を永遠に打ち砕くことになる帰結が含まれており、そのことが発表時間二〇分で説明されている。スポットライト(または数学会議でならスポットライトとして通用するもの)から遠く離れたどこかで行われた講演でゲーテルが発表した帰結によると、私たちは次の状況のどちらかが真実であると認めざるをえない。すなわち、証明できない命題(今では決定不可能命題と呼ばれている)が算術に含まれていることか、ペアノの公理が矛盾することだ。今日に至るまで、ペアノの公理が矛盾することは誰も証明していない。そして、長らく未解決であるにもかかわらず、どの数学者を捕まえてみてもペアノの公理が無矛盾であるほうにいくらでも賭け金を積むだろう。いずれにしても、この帰結がゲーテルの不完全性定理として知られている。
アインシュタインの相対性理論が物理学界を魅了してほとんどすぐさま受け入れられたのに対し、数学界は当初、ゲーテルの仕事の真価を認めなかった。だがそれから五年ほどで彼の帰結は幅広く認められて受け入れられている。」
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posted by Fukutake at 08:05| 日記