2022年09月02日

失言

「汝みずからを笑え」 土屋賢二 文春文庫 2003年

失言 p179〜

「相手を知らなかったり、誤認した場合
 多くの失言はこのパターンである。 パーティーで、隣の人に数学の重要性を説き、入門書を推薦したら、相手は高明な数学者だった、といった経験はよくある。 また、次のようなケースもよくある。

 男がパーティーで婦人にいった。
「あなたの旦那さんは以前、ぎすぎすしたブロンドの奥さんがいましたよね。 あの性悪女は今どうしているんでしょうね」
相手の婦人が答えた。
「髪を染めて今あなたの前に立ってますわ」

 この婦人にあとから何をいっても関係の改善は困難であるが、これに似た場合の対処の例として、参考までに次のジョークを挙げておく。

 あるパーティーで、将軍が長々とスピーチをしているのを聞いてうんざりした中尉が、隣にいた婦人に話しかけた。
「ああいう、つまらない話を延々とやるってどういう神経なんでしょうね」
「あなたは、わたしがだれかご存知かしら」
「いいえ、存じません」
「あそこでスピーチをしている将軍の妻ですわ」
「そ、そうですか。 それは知りませんでした。 ところで、あなたはわたしがだれであるか、ご存知ですか」
「いいえ、存じませんわ」
「ああ、よかった」
こういって、注意は人込みの中に消えていった。

 このパターンを逆に利用して、相手がだれかを知らないふりをする手も考えられる。

 学生「うちの大学の土屋という人の書くエッセイはどれも超くだらないですね」
わたし「わたしに面と向かっていうのか」
学生「えっ、先生のことだったんですか。 先生と同姓同名の人かと思っていました」
わたし「ところで君は頭が悪いと思っていたが、性格も悪いな」
学生「そんなことを面と向かっておっしゃるんですか」
わたし「えっ、あっ、ごめん。 目の前にいるのが君だとは思わなかったんだ」

『はい』
 あらゆることばの中で「はい」の一言ほど失敗につながる表現はない。 「連帯保証人になってくれ」とか「結婚してくれ」といわれたときが、とくに危険である。

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結局、危険を避けるためには、だれとも話をしないようにするのか一番確かな方法だ。」

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ごもっとも

posted by Fukutake at 07:57| 日記

コーラン

「イスラーム文化」ーその根底にあるものー 井筒俊彦著 岩波文庫

コーラン p26〜

 「元来、ムハンマドが生れ、そして預言者として立ち上がった場所、メッカという町は、海上貿易で古来有名な南アラビアをはじめ、ビザンチン帝国支配下のシリア、それにイラン系のササン王朝支配下のイラクと緊密な商業関係にある国際貿易の中心地であり、特に南アラビアのイエメンとシリアとの間にあって東西貿易の中心地として重要な働きをしていたところであります。

 聖典『コーラン』が商人言葉、商業専門語の表現に満ちているという事実もこの点できわめて示唆的であります。 人間がこの世で行う善なり悪なりの行為を「稼(かせ)ぎ」と考えることなどその典型的な一例です。

   「宗教を遊びごとか冗談ぐらいに心得て、この世にうつつをぬかしてる人々など構わず放っておくがよい。 己れの稼ぎがもとで人間一人が破滅することもあるということをみんなに思い知らせてやるがよい。 …結局そんな人々は己れの稼ぎで抜きさしならぬ破滅の道に深入りしてしまうだけのこと。 己れの背信行為の罰として、(地獄に投げこまれ、)ぐらぐら煮えたぎる熱湯を飲まされて、苦しい懲戒を蒙るだけのこと。」(六章、六九節)
 
 見られるとおり、ここでは人の背信行為の繰り返しが、不正な商売で稼ぎためる悪銭に譬えられております。要するに『コーラン』では、宗教も神を相手方とする取引関係、商売なのです。

   「まことに神は(天上の)楽園という値段で、信徒たちから彼ら自身の身柄と財産とをそっくり買い取りなさったのだ。 …これこそ律法(トーラー)と福音とコーランに(明記された)神の御約定。 約定を神よりもっと忠実に履行する者がどこにあろう。 さればお前たち、そのようなお方を相手方として結んだこの商業取引を有難いと思わねばならぬ。 まったくこの上もない身の幸いではないか。」(九章、一一一説)

 だから神の命令をかしこんで、身命を賭して善行に励むことを、『コーラン』は人間が神に金を貸すこととして表象するのです。

    「誰か神に素晴らしい貸付けをする者はおらぬか。 後で何倍にもしてそれを返却していただけるのだぞ。 神はその掌をつぼめるも、ひろげるも、思いのまま。」(二章、二四六節)
 「掌をつぼめる」とは、財布のひもを締めて金を出し惜しむこと。 「掌をひろげる」とは、反対に気前よく金を出すこと。 いわゆる神の恩寵が金銭的に表象されていることが面白いところです。」

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posted by Fukutake at 07:53| 日記