朝晴れエッセー「シャノン玉飛んだ」 武田彰子(82)和歌山市
産経新聞朝刊掲載
「「シャボン玉飛んだ、屋根まで飛んだ…」。幼稚園では今、子供たちが、この歌をうたいながらシャボン玉あそびを楽しんでいます。 でも、この歌を作詞した野口雨情が、自分の最愛の子供が亡くなったときの心情を書いたのだと聞き「もしや!」と私も涙ぐんでしまいました。
実は昭和20年、世界大戦も終わりに近づいた頃、満一歳半の弟がヘルペスで死んだのです。 母も軍服を早く縫うようせかされたので、過労で寝こんでしまったのです。 痛がっていた弟もそんな母に看病もしてもらえず死にいたったのです。
その通夜は、お坊さんや親類の皆も、母にはわからないようにと暗闇の中、ロウソクの火だけで、声も出さずいとなまれました。 でも真っ暗な中、浴衣姿の母が現れました。 みんなの驚きは、いかばかりか!
母は冷たくなった弟の顔をそっとなでて涙をふきながら、とぼとぼと2階へ上がっていきました。 そのとき、やさしい声で聞こえてきたのが、「シャボン玉飛んだ、屋根まで飛んだ、屋根まで飛んでこわれて消えた…」の歌だったのです。
一週間後、母も他界しました。 父は戦地からもどれず、小学3年生の私と、3歳の妹、親族の人たちで通夜が営まれました。 昭和20年7月28日〜8月2日の間の出来事でした。
この大好きな歌が聞こえてきても、私は野口雨情や母の心情を思うと、今でも子供たちといっしょに歌えないのです。」
----
黙祷
チパング
「諸国尽くし」 荒俣宏=編 (東洋文庫 ふしぎの国) 平凡社 1989年
東方見聞録 「チパング」p144〜
「チパングは、東のかた、大陸から千五百マイルの大洋沖にある。 とても大きな島である。 住民は皮膚の色が白く礼節の正しい優雅な偶像教徒であって、独立国をなし、自己の国王をいただいている。 この国ではいたる所に黄金が見つかるものだから、国人は誰でも莫大な黄金を所有している。 この国へは大陸から誰も行った者がない。 商人でさえ訪れないから、豊富なこの黄金はかつて一度も国外に持ち出されなかった。 右のような莫大な黄金がその国に現存するのは、全くかかってこの理由による。
引き続いてこの島国の国王が持っている一宮殿の偉観について述べてみよう。 この国王の一大宮殿は、それこそ純金ずくめで出来ているのですぞ。 我々ヨーロッパ人が家屋や教会堂の屋根を鉛板でふくように、この宮殿の屋根はすべて純金でふかれている。 したがって、その値打ちはとても評価できるようなものではない。 宮殿ないに数ある各部屋の床も、全部が指二本幅の厚さをもつ純金で敷きつめられている。 このほか広間といわず窓といわず、いっさいがすべて黄金造りである。 げにこの宮殿はかくも計り知れない豪奢ぶりであるから、たとえ誰かがその正しい評価を報告しようとも、とても信用されえないに違いない。
またこの国には多量の真珠が産する。 ばら色をした円い大型の、とても美しい真珠である。 ばら色真珠の価格は、白色真珠に勝るとも劣らない。 この国では土葬と火葬が並び行われているが、土葬に際しては、これらの真珠の一顆を死者の口に含ます習いになっている。 真珠の他にも多種多様な宝石がこの国に産する。 ほんとうに富める島国であって、その富の真相はとても筆舌には尽くせない。
ところで無尽蔵なこの島国の富を伝え聞いたクブライ現カーンは、武力をもってこれを征服せんものと決意し、二人の重臣に歩騎の大軍と大艦隊を授けてこの島国に向かわしめたのである。 重臣の一人はアバカンといい、他はヴォンサニチンといって、共に有能にして勇敢な将軍だった。 その委細の点は省略するとして、この遠征軍はいよいザイトゥンおよびキンサイの港から出帆して海洋に乗り出した。 こうして彼等は航海の末、めざすこの島国に到着、上陸して多くの平野や村落を占領はしたものの、まだ都市は一つも攻略できていないでいるうちに、以下に述べるような災難が遠征軍の上にふりかかって来た。 それというのも、この二人の重臣間には深い猜疑心がわだかまっていて、互いに助け合うことなどは、がんとして承知しなかったからなのである。
ある日のことである。 北からの暴風が激しく吹き荒れた。 艦船をそのまま岸に碇泊しておくなら一艘残らず難破するだろうという軍士たちすべての見解だったから、全員は急いで上船し海岸を離れて沖合いに出ることにした。しかしながら、四マイルと航行しないうちに、暴風はますますつのる一方であった。 なにしろ遠征軍の艦隊はとても多数の船集集団だったから、この風浪のために互いに激突し合ってその多くが難破してしまった。それらの艦船の軍士たちはみな溺死してしまったのである。」
----
東方見聞録 「チパング」p144〜
「チパングは、東のかた、大陸から千五百マイルの大洋沖にある。 とても大きな島である。 住民は皮膚の色が白く礼節の正しい優雅な偶像教徒であって、独立国をなし、自己の国王をいただいている。 この国ではいたる所に黄金が見つかるものだから、国人は誰でも莫大な黄金を所有している。 この国へは大陸から誰も行った者がない。 商人でさえ訪れないから、豊富なこの黄金はかつて一度も国外に持ち出されなかった。 右のような莫大な黄金がその国に現存するのは、全くかかってこの理由による。
引き続いてこの島国の国王が持っている一宮殿の偉観について述べてみよう。 この国王の一大宮殿は、それこそ純金ずくめで出来ているのですぞ。 我々ヨーロッパ人が家屋や教会堂の屋根を鉛板でふくように、この宮殿の屋根はすべて純金でふかれている。 したがって、その値打ちはとても評価できるようなものではない。 宮殿ないに数ある各部屋の床も、全部が指二本幅の厚さをもつ純金で敷きつめられている。 このほか広間といわず窓といわず、いっさいがすべて黄金造りである。 げにこの宮殿はかくも計り知れない豪奢ぶりであるから、たとえ誰かがその正しい評価を報告しようとも、とても信用されえないに違いない。
またこの国には多量の真珠が産する。 ばら色をした円い大型の、とても美しい真珠である。 ばら色真珠の価格は、白色真珠に勝るとも劣らない。 この国では土葬と火葬が並び行われているが、土葬に際しては、これらの真珠の一顆を死者の口に含ます習いになっている。 真珠の他にも多種多様な宝石がこの国に産する。 ほんとうに富める島国であって、その富の真相はとても筆舌には尽くせない。
ところで無尽蔵なこの島国の富を伝え聞いたクブライ現カーンは、武力をもってこれを征服せんものと決意し、二人の重臣に歩騎の大軍と大艦隊を授けてこの島国に向かわしめたのである。 重臣の一人はアバカンといい、他はヴォンサニチンといって、共に有能にして勇敢な将軍だった。 その委細の点は省略するとして、この遠征軍はいよいザイトゥンおよびキンサイの港から出帆して海洋に乗り出した。 こうして彼等は航海の末、めざすこの島国に到着、上陸して多くの平野や村落を占領はしたものの、まだ都市は一つも攻略できていないでいるうちに、以下に述べるような災難が遠征軍の上にふりかかって来た。 それというのも、この二人の重臣間には深い猜疑心がわだかまっていて、互いに助け合うことなどは、がんとして承知しなかったからなのである。
ある日のことである。 北からの暴風が激しく吹き荒れた。 艦船をそのまま岸に碇泊しておくなら一艘残らず難破するだろうという軍士たちすべての見解だったから、全員は急いで上船し海岸を離れて沖合いに出ることにした。しかしながら、四マイルと航行しないうちに、暴風はますますつのる一方であった。 なにしろ遠征軍の艦隊はとても多数の船集集団だったから、この風浪のために互いに激突し合ってその多くが難破してしまった。それらの艦船の軍士たちはみな溺死してしまったのである。」
----
posted by Fukutake at 06:48| 日記