2022年07月25日

誤審による冤罪

「ことわざの知恵・法の知恵」 柴田光蔵 講談社現代新書 1987年

石が流れて木(こ)の葉が沈む p88〜

 「中国の諺に由来する命題で、「物事のありようが道理とは逆になっていること」をさし示しています。 法の世界でこういうことはないのでしょうか? この点について考えてみることにしましょう。
 かりに、「石が流れる」のを「悪事を働いた者が罰をのがれさる」と理解するとしますと、法がこのことを許しているところもあるのです。 公訴の時効というものが設けられていまして、相当な年月、国内を逃げまわっていれば、罪に問われなくなりますし、もちろん、犯人が犯行をうまくかくして捜査のアミにひっかからないことも少なくないでしょう。 また、起訴されても、「疑わしい場合は、被告人に有利に判断されるべきである」式で、有罪においこめず無罪放免が生ずるケースも、わずかですがあります。 こういうものは、全体として見れば、大きなメリット(利点)のために見すごさなければいけないマイナス要素なのではないでしょうか? 法がすべて完璧に不足なく面倒をみるようなことはそもそも無理な注文なのです。

 問題は、それよりも「木の葉が沈む」場合なのです。 つまり、潔白な人が、何かわけのわからない因果の鎖にからみつかれたあげくに、地獄に舞いおちる白金の葉のようにして、有罪判決においこまれ、刑をうけてしまうことがあるのです。 処刑された死刑囚を何十人となく同じ運命の死の淵で見送り、自らは再審で無罪となって社会に復帰してきたかつての死刑囚は、死刑囚仲間のなかには無実らしい人も何人かはあったと語っていました。

 ここで死刑をもちだしたのは極端すぎるとしましても、もっと軽い刑罰や行政罰(たとえば罰金)を、思いあたるフシもまったくないままに科せられる事例は日常的に少なくないはずです。 こういうとき、「良心になんらやましいところはないのだから、それはそれでよいとしよう」と自らにいいきかせ、とにかくふってわいた不運の前をできるだけ早く通りすぎてすべてを忘れさってしまいたいと思って、事態のなりゆきに耐える人もかなりいらっしゃるのではないでしょうか。 「不徳のいたすところだ」と自戒される、よくできた人もまれにはあるでしょう。 もっとも、権利とか権利の侵害にはことさら敏感になっている最近の人々には、こういう受け身の生きざまは笑止千万というところかもしれませんね。 それでも、東洋人には、宗教のせいなのか、風土のせいなのか、よくわかりませんが、「あれは災難だ」とあきらめる向きも多いようですから、日本人のこの性質はなかなか根強いと思います。

 それで日本の現状にあてはめて考えをめぐらせてみますと、司法当局(警察。検察、裁判所)は、世界のレベルにくらべかなり上位にランクされるように私個人には思われるのですが、最近たてつづけに出た死刑再審無罪や再審開始のことを考慮すると、そう手放しでが喜べません。 氷山の一角がわれわれの視野に突出してきただけで、水面下にはかなりの同質の問題が伏在していると見るべきなのが本当ではないでしょうか。」


犯罪捜査や被疑者への過剰な「真実追求」尋問など、誤りが無にしも有らずでしょう。
posted by Fukutake at 12:34| 日記

自殺のおろかさ

「ココロとカラダを超えてーえろす 心 死 神秘」 頼藤和寛 ちくま文庫 1999年

自殺志願者へ p178〜

 「「なるほど、あなたは死にたいとおっしゃる。 つまり自殺ですね。 うちみたところ大事に使えばあと四、五十年はもちそうなのにねえ。」
「でも、もうこれ以上耐えられそうになんです…」

私は、さらにその後心理療法を専攻するようになった。
「だから、今のマイナスを一挙に自殺でゼロにしようというわけ?」
「ええ、生きているのがつらくてつらくて。 もう人間が辛抱できる限界を超えています。」
「別にひきとめようというのではないのですよ。 あなたの命に口出しするほどお節介ではないですからね。 ただコトをはっきりさせておきましょう。 せっかく自殺するんだから。」
「死んだほうがましなんです。」
「どうましなんですか?」
「今のような苦しみがなくなるでしょう。」
「たぶん、ね。ただし、苦しみがなくなったことに気がつくあなたもなくなるでしょうな。 死んだらどうなると思います?」
「何もかもなくなるんでしょうね。」
「何もかも、ね。 その何もかものうちに、あなたの今の苦しみも含まれるんですね。」
「それをなくしたいんです。」
「それだけを、ですか?」
「もし、できれば、の話ですが… それができない相談だから、死ぬことを考えるわけです。」
「なるほど、つまりこういうことですね。 本当は死にたくないのだけれど、死なないと今の苦しみはなくならない。 苦しんで生きるよりは死を選ぶ、と。」
「そうです。 誰だって死にたくて死にゃしません。 こんな事情だから死ぬしかないんです。」
「そんな事情がなければ話は別ですね。 つまり条件つきの自殺志望。」
「でも、誰にもどうもできないんです。 今の私の立場、私の気持ち、私の絶望。」
「今の、ね?」
「今までだってそうだったんです。 これからもずっとそうです。」
「八年三ヶ月前も、今のような気持ちでしたか?」
「え? ああ、まさか、あの頃は学生で、楽しかった。 でも今は違うんです。 何もかもダメになってしまって…」
「やっぱり、今は、ですね? ところで、どうして死にます。首つりですか、ガスですか、それとも…」
「できれば苦しくなくて楽な方法で。」
「ふむ。 注文が多いね。 一番気持ちのいいのは凍死といいますが、つまり睡り込むように死ねるらしいんでね。 死体もきれいだし。」
「もっと簡単なのはないんですか?」
「死体が汚くてもいいのなら出血死や飛び込みでしょう。 都市ガスは一酸化炭素が少なくなって死にくくなりましたねえ。」
「薬はどうなんですか?」
「一等いいのは青酸です。 アッという間ですから。 睡眠薬は致命率が低いし、死ぬまでに時間がかかってもてあましますよ。」
「じゃ、飛び降りるのがましですか?」
「あれは飛んでから落ちるまでの辛抱だから青酸並みでしょう。しかし後片づけが大変でねえ、ケチャップとミンチをかき集めるのが。」
「あ、あの、やっぱり首つりがいいかしら。」
「あれなら縄を切っておろすだけだから、飛び込みよりも始末が簡単で、電鉄会社から損害賠償の請求もこないしね。 ま、洟や小便を垂らしてみっともないけど、少し首がのびる程度で五体は繋がってる。」
「うーん、と。 先生はどれがいいと思います?」
…」

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グズグズしていると、あなた、寿命が来て死んでしまいますよ!


posted by Fukutake at 12:32| 日記