2022年06月16日

明治のたぬき

「現代の民話ーあなたも語り手、わたしも語り手ー」松谷みよ子 二〇〇八年

偽汽車 p33〜

 「現代の民話を集めるなかで、さまざまな出会いがあったわけだが、なかでも忘れ難いのが、「偽汽車(にせきしゃ)という名でくくられる話である。私がこの話を最初に聞いたのは、一九五六年。生まれてはじめて信濃の民話の採訪に入ったときである。
 松本から洗馬のあたり、一面のぼうぼうたる原野で桔梗が原といった。そこに玄蕃丞(げんばのじょう)というたいした狐がいた。手下には四天王といわれる狐がいて田川のおきよは芝居が得て、猫塚の孫左衛門は説教が好きと、それぞれ得意の化けを駆使していた。ところがこの桔梗が原にも汽車が走ることになった。驚いたのは狐どもで、なかでも玄蕃丞はまけておられぬと汽車に化けて、運転手を悩ましていたが、ついに轢き殺されたというのである。

 面白く、「民話の手帖」の創刊号にアンケート用の葉書を付け、偽汽車の背景を調べていくうちに発見があった。
 明治五年(一八七二)、新橋ー横浜間に日本ではじめての鉄道が開通。してみると「偽汽車」の最初の発生はここらあたりに違いない。面白いのは明治十一年(一八七八)十一月二十七日付の「読売新聞」に、「汽車の声も遠くに響て今月二十四日の夜十時の蒸気車が、高輪八ツ山下へ来るとき、一疋の大狸が駆出して線路を横切るところを、汽車に轢かれ、そのまま死にましたが大方狸仲間に身を置きかねることがあって、このごろ流行の鉄道往来のまねをしたのでもありましょう」という記事が載っていることである。
 ではここで、芝高輪の望月新之助さんの語りを、息子さんの新三郎さんに再現してもらおう。

 「むかしは、鉄道といったって、今の汽車に比べたら、まるで玩具見てえもんだった。陸蒸気といって、足の速い者なんか、追い越しちまったくれえだ。
 その頃の品川あたりは、今じゃ、埋め立てちまったけれど、波がパシャン、パシャンとくる海岸ぶちを走っていたもんだ。そら、淋しいところで、狸や狐もいっぱいいたな。夜になると。こう、陸蒸気が走っていくと、シュ、ポッポ、ポォーって音がしてきて、向こう側から汽笛を鳴らして、陸蒸気がやってくるんだってよ。はじめのうちは、機関士も、こら、衝突しちゃ、かなわねえから、そのたびに停まっちゃ、様子を見てたんだ。

 ところが、一向に汽車はやってこない。こらあ、おかしいってわけで、ある日の夜、いつものようにシュ、シュ、ポッポ、ポオーって音がして、汽笛が聞こえてきたが、えい、かまうものかっていうんで、スピードを出して突っ走ったんだ。
 するてえと、正面衝突するかと思ったら、何ごともなく走っていったんだよ。
一夜明けて、八ツ山の下あたりの線路のところに、大狸が死んでいたということだ。まだ、陸蒸気の頃は、単線だったんだから、向こうから、むやみに汽車がやってくるわけはないんだよ。まあ、狸は物真似が好きだったんだな。」」

----
posted by Fukutake at 11:18| 日記

日本人の国家意識

「田中美知太郎全集 26」 筑摩書房 平成二年 

全ては国家に優先すること 古代ギリシャ人の国家意識 p16〜

 「(従容として死を受け入れたソクラテスの態度を)理解するためには、コリント人がアテナイ人について語った次のような言葉をツキュディデス(『歴史』)から引用するだけで充分であろう。

   身体においてはかれらはこれを国家のために使うに当たって、自分には何の縁もゆかりもないもののように酷使し、心意は、国家のために何事をなすにもせよ、これを使うことをもって、これこそわが本懐であるとする。…

 今世紀初頭のイギリス人(A.Zimmern)は、古代アテナイ人のこの国家との一体觀に対する類型として、日露戦争当時の日本人の意識をあげているのである。もっとも彼は日本について直接知っていたわけではなく、槇原悦二郎の引用によって、「日本人の場合、国家が最優先事となり、その見方が自己自身よりもより高く重要なrealityをもつ」というようなことを、現代ヨーロッパ人の意識と正反対のものと見るという、むしろ平凡な公式見解をのべただけのものであるが、それは当時の国際ニュースとなったらしい海軍士官佐久間大尉の事件、すなわち当時の最新の兵器であった潜水艦の艇長として、それの浮揚に成功しないで殉職したときの手記に見られる国家意識が、かれに一種の感銘をあたえたためかも知れない。かれがこの事件に言及していることは、それを証するものと言うことができるだろう。

国家意識というものは社会意識の高度の発達を前提とするものであるが、旧来の家族意識や個人感情との間に多くのトラブルを生じ、これを克服することによって辛うじて獲得されるものなのである。古代において高度の知的文明を達成したアテナイ人が、また高度の国家意識を発達させ、その故にソクラテスを刑死させたが、しかしそのソクラテスは、自分を殺そうとする国家にあくまでも忠誠であったというようなことは一つの脅威だったのであり、この謎を解く一つの鍵を明治の日本に求めたわけである。いわゆる文明開化によって近代化の途を歩み日露戦争に勝利した日本に、古代ギリシャ人に匹敵する高度の「国家観念」を見つけたということである。しかし戦後われわれはそういう国家観念を失ってしまい、ようやくかれら欧米人並の意識になったというより、むしろかれらを通り越して過度に否定的、批判的な意識をもつようになったと言えるかも知れない。

第二次世界大戦に巻きこまれるまでの戦争指導者が、それまでに蓄積されて来た日本人の国家意識を浪費してしまった結果でもあり、それへの反動でもある。しかし明治以来一九四五年の敗戦に至るまでの日本人の国家意識が義勇奉公、身命を「鴻毛の軽きに比して」君国のために尽くすというようなものであり、ツキュディデスに言われているアテナイ人の国家意識とははなはだ似たところがあるということも、一つの事実として認めておかねばならないだろう。」

----
国家への忠誠
 

posted by Fukutake at 11:13| 日記