2022年06月15日

うららかな春の昼

「漢詩名句 はなしの話」 駒田信二 文春文庫 

春日佳気(かき)多し p183〜

 「大道直如髪  大同直(なお)きこと髪の如く
 春日佳気多   春日佳気多し
 五稜貴公子   五稜の貴公子
 雙雙*嗚玉珂   又又玉珂(そうそうぎょくか)を鳴らす

「洛陽道」と題する儲光羲(ちょこうぎ)の詩である。
第三句の「五稜」は、洛陽ではなくて長安の地名だが、長安の五稜には豪族が多く、遊侠の徒が集まったので、「五稜貴公子」という言葉を、遊侠の貴公子たちという意味で使ったのである。第四句の「玉珂」の「珂」は、玉に次ぐ宝石の意で、白瑪瑙のこと。また、珂で飾ったくつわのことを珂ともいう。

 洛陽の大道はまっすぐに伸びていて、うららかな春の気が満ちている。貴公子たちが馬を並べ、くつわの音をひびかせながらその道を進んでいく。
『万葉集』巻十に、

   ももしきの大宮人は暇あれや桜かざしてけふもくらしつ

とあるが、そういう歌の連想される詩である。

次にみごとな訳詩が井伏鱒二にある。

 ミチハマツスグ一ポンミチダ
 ドウモ云ワレヌコノ春ゲシキ
 ヤシキヤシキノ若トノ衆ガ
 サソフクツワノオトリンリント

同じ儲光羲の「長安道」という詩もある。

  鳴鞭過酒肆  鞭を鳴らして酒肆に過(よぎ)り
玄*服遊倡門  玄服して倡門に遊ぶ
  百満一時盡  百万一時に尽くすも
  含情無片言  情を含んで片言無し

長安の貴公子たちは、馬をとばして酒楼へゆき、美服をつけて妓楼で遊ぶ。百万の金を一時に使い果たしても、それが風流、何もいわぬ。

この詩にも井伏鱒二の訳がある。

馬ニムチウチ酒ヤヲスギテ
綾ヤ錦デヂヨロヤニアソブ
タツタイチヤニセンリヤウステテ
カネヲツカッタ顔モセヌ」

雙雙* ふたり誘い合って
玄* 衣へんに玄 

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儲光羲は、唐開元の末年、監察御史のとき安禄山の乱が起こり、叛乱軍に捕らえられて安禄山に仕えた。そのため、乱後、嶺州に流されて、その地で死んだ。

posted by Fukutake at 07:09| 日記

デイケアの世界

「居るのはつらいよ ーケアとセラピーついての覚書」 東畑開人 医学書院

 p208〜 (臨床心理士である僕は、沖縄のデイケアセンターで働いている)

 「デイケアで僕はケアされる。森を観察するようにデイケアを見つめていると、僕がずっとケアされていることがわかる。
 体調が悪いんじゃないかと心配され、飴をもらう。バドミントンでミスをしたら、ペアであるリュウジさんがカバーしてくれる。しかも「東畑さん、ドンマイだぜ」と励まされる。カラオケでデュエットすれば、音痴な僕を歌姫のユリさんがリードしてくれる。ヤスオさんは拾ったタバコをくれる。
 僕がすべてをありがたく受け取る。いやウソだ。ありがた迷惑なことも多い。でも、受け取る。というか、ケアを受け取るのも仕事なのだ。
 それどころか、そもそもきちんとメンバー(入所者)さんからケアしてもらえないようでは仕事にならない。

 昼休みに野球に行くときには、重たいクーラーボックスを運ばなくっちゃいけないのだけれど、とても一人では運べない。だから、タマキさんが手伝ってくれる。食事をつくるのだって、トモカさんにみじん切りをやってもらわないと僕一人じゃできない。カラオケ大会で司会をやっているとき、僕のつまらないジョークをメンバーさんが無理やり笑ってくれるからなんとか場が持つ。
 そうなのだ。綺麗ごとでもなんでもなくて、本当にデイケアではメンバーさんにケアしてもらわないと仕事にならない。一日が全然回らない。メンバーさんが手伝ってくれるから、なんとかデイケアは成り立っている。出勤したら、朝から晩までケアされるのがデイケアスタッフの仕事だ。

 デイケアで働きはじめたときに、いちばん戸惑うのがここだ。「おれは治療者なんだ」と気負っているから、「何かしなくては!」と意気込んでしまうんだけど、実際のところ本当の仕事は「やってもらう」ことなのだ。だから。「専門家でございます!」という武装を解除して、メンバーさんの親切をキャッチし、身を委ねられるようになると、スタッフ(デイケアの職員)になれる。デイケアに普通にいられるようになる。
 よく考えると、これは家庭でもそうだし、普通の職場でもそうだ。全部自分でやろうとしないで、人にやってもらう。お互いにそういうふうにしていると、「いる」が可能になる。「いる」とはお世話をしてもらうことになれることなのだ。

 なんてことを考えていたのだけど、我に返ってふと顔を上げると、ジュンコさんがタカエス部長の肩を揉んでいる。部長は揉まれているうちにうたたねしはじめる。ジュンコさんと目が合う。ジュンコさんはニヤッと笑って、(部長の)禿げ頭をぺしぺしと叩く。すると、近くで見ていたトモカさんがうれしそうに「ツ・ル・ツ・ル」と口パクで言ってくる。いつかどこかで見た風景だ。笑ってしまう。まるでお正月のおじいちゃんではないか、管理職になるとケアのされ方もエグゼクティブな感じになる。」

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ケアし、ケアされる。

posted by Fukutake at 07:04| 日記