2022年06月13日

ひたすら見るだけ

「考える人」 季刊誌 2010年 冬号 No.31 新潮社

 万物流転 養老孟司

 「「自然に学ぶ」意味は明白である。自然は先に解を与えている。でも現代の教育は、その逆を教える。問題解決型の人を育てる、という。問題がわかっていて、答えを出す。もっぱらその訓練をする。でも答えは見えているんだが、問題がわからない。人生ではそれもふつうに起こることである。「あいつ、なんであんなことをしたんだ」という状況がそうであろう。やったことはよくわかっているんだけれども理由がわからない。解はすでにあるが、問題が不明なのである。そういう場合、当人もわかっていないのが、ふつうであろう。たぶんこれは「ひとりでにそうなった」からである。つまり無意識である。無意識ということは、脳を含む身体に任せたということで、意識はその場合、たんなる傍観者に過ぎない。

 このように考えると、「自然に学ぶ」というのは、ある種の複雑な問題の解について、その「形を知る」ことではないだろうか。その種の問題なら、理想的な解はだいたいこんな形になっているんだよ。それをひとりでに覚えてしまうのである。

 むろんそれは現代人が要求するような、厳密な解ではない。換言すれば、「ああすれば、こうなる」という形の予言を導かない。虫の形を見ていると、よくそう思う。ゾウムシなら、たとえ見たことがない種類でも、慣れた人はゾウムシと判断する。なぜそうなのかを訊くと、判断の根拠を言葉でいうことができる場合と、できない場合があることがわかる。これをパタン認識などといっているが、そういってみたところで、何かが理解できるというわけでもない。要するになんだかはっきりしないが、ある規則があって、それにはまっているようだから、ゾウムシと判断するらしい。

 その判断は、明らかにそれまでの経験にも依存する。まったく経験のない人なら、虫の一言でお終い。それなら当の私がどのくらいわかっているかというと、先日アフリカに行った知り合いが、「こんな虫が採れたけど、ゾウムシかもしれない、ゾウムシだったらあげる」とメールで写真を送ってくれた。それを見たら、ゾウムシみたいだが、根拠を問われると、自分ではいえない。写真だと必要な詳細が見えないから仕方がないのだが、ともあれはじめて見る種類であることは間違いない。判断がつかないから、しばらく放っておいた。そこに別な虫屋の友人がやってきたので、写真を見せて、どうだと尋ねたら、たちどころにゾウムシだという。それしか考えられないというのである。そういわれたとたん、アッと気がついた。そこで『オーストラリアのゾウムシ』という大部の第一巻を出してきて、開いてみたら、似た種類がちゃんと載っている。それを見たことがあるのに、私は思いつかなかった。そういうわけで、私はその種の才能がかなり欠けている。だから一生懸命虫を見る。ひたすら繰り返して見て覚えるしかないのである。」

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posted by Fukutake at 07:13| 日記

モンペ

「考える人」 季刊誌 2013年春号(創刊10周年) 新潮社

(柳田国男、今いずこ)p202〜

 西洋の真似でないモンペ、モモヒキ
 「「明治大正史 世相篇」(昭和六年)が刊行されてかなり経った後のことであるが、昭和十一年になって『旅と伝説』の七月号に「働く人の着物」という文章が載せられた。ここでは労働着・仕事着のことが論じられているのであるが、それはかれが「木綿以前の事」というエッセイを大正十三年に書いて以来、一貫して追いつづけたテーマであったといっていいのである。この『旅と伝説』に発表された文章は放送用につくられたもので(昭和十一年五月二十日放送)、短いものであるが、それだけに長年の考えが煮つまったものとみられる。その結論ともいえる最終末尾の言葉を記してみよう。

 今日では晴着の、儀式のときにしかはかぬもののやうに、多くの人は考へて居るやうだが、ハカマはもと労働の為に、最も欠くべからざる衣類の一つであつて、又さういふ意味に今でも此言葉を用ゐて居る土地は全国に多い。衣類の名前は僅かづつ製し方が変わるたびに、必ず新しい言葉が出来た。それは多分以前のままのものもなほ用ゐられて居るので、それと区別する為に何か新しい名が入用になつて来たのであらう。だからズボンと謂ひヤウフクと謂つても、それが日本の言葉であると同じやうに、その名を持つ着物もやはり日本の着物であつて、我々はそれを自分の労働に都合のよいやうに、自由にかへて使つて居る。決して西洋人の真似をして居るのではないのである。(「柳田国男全集」9、「木綿以前の事」、筑摩書房、四六二頁)

 「ハカマは労働着であつた」という提言である。だがそれは、「はじめにロゴスありき」とか「元始、女性は太陽であった」といった提言とはわけが違う。われわれが現にいきていることの意味を問うことと、具体的な生活が何によって支えられてきたか、また支えられているかを問うことと同じのひらきがある。
 人間存在の意味を問うことは、悠遠の人類史に目を向けることから出発するだろう。しかし生活資料にたいする問いは、たとえたかだか数百年の伝承ではあっても、それが庶民の智慧と工夫をつみ重ねた結晶であってみれば、知らぬ顔で通り過ぎるわけにはいかない実際的な設問である。それがたんに記憶にとどまる古代伝承や言語資料の断片ではなく、現実の生産活動に直結しているとすれば、なおさらそういうことになる。
 柳田国男はなぜ、「ハカマはもと労働着であった」といったのか
 かれは、仕事着の下の方の部分について、つぎのようなことをいっている。ー かつては男も女もハンテン、前掛、前垂を使用していたが、さらに労働を自由闊達にするため、足にぴったりくっつくモモヒキやモンペを考案し、それが用途の変遷をへて細袴や儀式用の晴れの袴に発展したのである、と。つまりモンペもモモヒキもハカマの一種なのであり、すなわち今日いうところのズボンなのであった。だからズボンといい、ヨウフクといっても、それらは全てわが日本の年月をかけた創意工夫、庶民の側からのたえざる改良の努力の結果なのであって、「決して西洋人の真似をして居るのではない」というさきの結語にいきつくのである。」

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posted by Fukutake at 07:10| 日記