2022年06月12日

人間意思のエネルギー

「シークレット・ライフ」 物たちの秘められた生活 ライアル・ワトソン 内田美恵訳 ちくま文庫 1995年

 観念から物理的フォームへ p76〜

 「観念はあたかも種子のように精神に植えつけられ、たとえ既存のありとあらゆる証拠と矛盾しようとも、成長するのが身上なのだ。そうした観念のなかには、みずからの存在証明を提出するほどのエネルギーをそなえているふしのあるものもある。確証を得たいという願望そのものが、純粋な理論物理学の世界に表現を求めるにとどまらず、目に見える物理的表現までとらせることもあるらしい。

 たとえば、一九七四年の復活祭のこと、南フランスのカステルノウ=ギュール教会では、カウカナス大修道院長がキリストの受難に想いを馳せながら祭壇の前にひざまずいていた。と、そのとき、聖餐用のパンにかぶせてあったナプキンの表面に人の顔が浮かんでくるのが見えた。彼が叫び声をあげると、会衆がいっせいに身を乗り出した。のちにその多くは、大修道院長が描写したとおり、「右目を閉じ左目をあけ、鼻が打ち傷で痛々しく腫れあがった」顔を目の当たりにしたと証言した。一五分ほどしてから大修道院長が礼拝を続行しようとナプキンを持ち上げたところ、そのイメージは消えた。

 宗教的な確信はこの種の共通体験を生むには打ってつけで、これまでにも集団が聖母マリアや仏陀やその地で亡くなった聖者を見た、あるいはその幻視(ヴィジョン)を体験したと確信する事例は無数にある。

 この世俗版といえば、ネス湖の怪獣をはじめ、サスクワッチやビッグフット、雪男(イエティ)や種々のUFOなどを集団が見るという、現在も絶えない現象だろう。いずれも、催眠術やうそ発見器にも揺るがぬ実存感をともなうものばかりで、なかには証拠写真までそろえられるものもある。一九二九年一二月、アメリカの蒸気船ウォータータウン号の乗組員二名が航海中に事故死し、水葬に付された。その翌日から航海が終わるまで、船のそばの海面には海況の良し悪しを問わず彼らの姿が現れつづけた。同号の甲板から撮られた当時の写真には、今もそのイメージがはっきりと見てとれる。

アイオン・ウィルがいう現実世界に形(フォーム)をとる観念、メタフォームとはこのことである。」

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posted by Fukutake at 08:25| 日記

ひだる神

「妖怪・怪物」ー東洋文庫ふしぎの国ー 荒俣宏=編 平凡社 1989年

ひだる神 『南方熊楠文集』2より p46〜

 「「紀伊国熊野に大雲取、小雲取という二つの大山あり。この辺に深き穴数ヶ所あり、手ごろなる石をこの穴へ投げ込めば鳴り渡りて落つるなり。二、三町が間行くうち石の転げる音聞こえ鳴る。限りなき穴なり。その穴に餓鬼穴というあり。ある旅僧、この所にてにわかにひだるくなりて、一足も引かれぬほどの難儀に及べり。折から里人の来かかるに出会あい、この辺にて食求べき所やある、ことのほか飢え労(つか)れたりといえば、跡の茶屋にて何か食せずや、という。団子を飽くまで食せり、という。しからば道傍の穴を覗きつらん、という。いかにも覗きたりといえば、さればこそその穴を覗けば必ず飢えを起こすなり、ここより七町ばかり行かば小寺あり、油断あらば餓死すべし、木葉を口に含みて行くべし、と。教えのごとくして、辛うじてかの寺へ辿りつき命助かる、となり」とある。

 予、明治三十四年冬より二年半ばかり那智山麓におり、雲取をも歩いたが、いわゆるガキに付かれたことあり。寒き日など行き労れて急に脳貧血を起こすので、精神茫然として足進まず、一度は仰向けに仆れたが、幸いにも大きな植物採集胴乱が枕になったので、岩で頭を砕くを免れた。それより里人の教えに随い、必ず握り飯と香の物を携え、その萌しある時は少し食うてその防ぎとした。『俗諺志』に述べたような穴が只今雲取にありとは聞かぬが、那智から雲取を越えて請川に出て川湯という地に到ると、ホコの窟というて底のしれぬ深穴あり。ホコ島という大岩これを蓋う。ここで那智のことを咄(はな)せば、たちまち天気荒るるという。亡友栗山弾次郎氏方より、元日ごと握り飯をこの穴の口に一つ供えて、周廻を三度歩むうちに必ず失せおわる。石を落とすに限りなく音して転がり行く。この穴、下湯川とどこかの二つの遠い地へ通りあり。むかしの抜け道だろうと聞いた。栗山家は土地の豪族で、その祖弾正という人天狗を切ったと伝うる地を、予も通ったことあり。いろいろと伝説もあっただろうが、先年死んだから尋ぬるに由なし。この穴のことを『俗諺志』に餓鬼穴と言ったでなかろうか。

 また西牟婁郡安堵峰辺ではメクラグモをガキと呼ぶ。いわゆるガキが付くというに関係の有無は聞かず。」

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posted by Fukutake at 08:21| 日記