2022年06月11日

最近の若者

「ソクラテスの口説き方」 土屋賢二 文春文庫

人類の不幸 p20〜

 「いくら教えても、若者には分からないことがある。たとえば、ものの価値をいくら教えても、若者には理解できない。中でも、年長者の価値が分からない。たぶん知性が未発達だからだろう。年長者の価値は、年長者になってみないと理解できないものだ。

 学生に苦言を呈した。
「最近の若者のマナーはなっていない。電車の中だけ見ても、老人に席をゆずらない、足を投げ出す、床に座り込む、女は満員の電車で化粧する。そこまでやるならなぜ電車の中で着替えをしない。服装も乱れている。夏になると若い女はカシミールだかキャセロールだが、着てるだろう」
「キャミソールですか」
「それだ。下着同然の恰好だろう。なぜ冬も着ないんだ。こういった声が上がっている」
「ああいうのがお好きなんですか。今おっしゃったのは若者の一割ぐらいでしょう」
「一割いれば十分だ。これでは人類の進歩は期待できない」
「でも、わたしたちの間では、みんな、大人が悪いといってますよ。とくに中年のオヤジ連中が悪いといっています」
「大人のせいにしているのか。嘆かわしいことだ。それじゃ、われわれが若いときにした言い訳と同じだろう。昔からちっとも進歩してないじゃないか。そんなことでいいのか。大人は見苦しい言い訳はしない。われわれ大人がいつ、自分たち大人のせいにした。こういういさぎよさを見習いなさい。ところで、念のため聞くが、オヤジの中にわたしも入るのか」
「先生は典型的なオヤジです」
「それなら断固反論するが、オヤジはそんなにひどくない。少なくとも、われわれは若いころより元気がなくなった分、昔よりマシになっているはずだ」
「でもゴミやタバコを平気で投げ捨てるのはほとんどオヤジだし、オヤジの酔っ払いは最悪です。それにオヤジはどうしてあんなに酒くさくなるんですか。同じ人間とは思えません。電車でも女の前でヌード写真の載った新聞を平気で広げるし、ボックス席に座ると、靴を脱いで向かいの座席に短い足をのせてお酒を飲むでしょう。非常に不快です。それから…」
「もういい。そこまでマナーの悪い者なら、若者に違いない。老けて見える若者もいる」
「先生が悪いとおっしゃっている若者も、実は若く見えるオヤジかもしれません」
「オヤジがスカートを吐いて化粧するか。かりに君が非難しているのが全員オヤジだとしても、マナーが悪いのは、一部のオヤジだ。オヤジ全体の九割程度だろう。
「一割でも十分じゃなかったんですか。だいたいマナーの悪さを注意すると、若者は謝ることもありますが、オヤジはまず確実に逆ギレします」
「注意されて逆ギレするやつは最低だ。実は妻がそうなんだ。…」

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posted by Fukutake at 08:40| 日記

人物の差

「宮ア市定全集 22」日中交渉 岩波書店 1992年

中国の人物と日本の人物 p188〜

 「広い土地で育った人間は、自然にスケールが大きくなる。だから歴史上に出てくる人物でも、中国のそれは、どうも日本史の人物にくらべて、ひとまわりスケールが大きいような気がする。

 たとえば同じように一平民から身を起こして天下をとった人物、中国の漢の高祖劉邦や、明の太祖朱元璋を、日本の豊臣秀吉とくらべて見ると、やはり向こうの方が大きく見える。
 秀吉は、出世するまでは精密に打算し、大胆に振舞い、毛すじほどもすきを見せないすぐれた戦略家であり、政治家であった。ところが天下をとってしまうと、もういけない。ただのおいぼれ爺さんになってしまった。ところが漢の高祖は、人を使う名人であって、自分で計算したり、自分で考案したりしない。それでいて一番大事なツボはちゃんと押さえているのである。秀吉と同じように、一方ではずいぶん残酷なことをやるが、秀吉のようにヒステリックではない。

 ふたりの死ぬときの遺言をくらべると面白い。秀吉は、家康や利家らを枕元へよび、まだ幼い子秀頼を指して、涙をこぼしながら後事をたのみ、忠義を誓わせた。
 漢の高祖は死ぬまぎわに皇后呂氏と、政治をあずける大臣のことで、あとあとまでの相談をした。
「現在の大臣の蕭何が死んだら、あとは誰にしましょうか」
「曹参がよい」
「その次は?」
「王陵がよかろう。しかし頭の鈍い男だから陳平に手伝わせつるといい。こっちの方はまた、あんまり切れすぎて、ひとり任せでは危ないのだ。いざというときに役に立つのは周勃だから、これも覚えておけ」
「さてその次は?」
「それから先はもう誰も知ることのできない運命の世界だ。天にまかせるより仕方がない」

 この話がもし本当なら、高祖という男は自分の部下の長所短所を裏の裏まで見通していたと思われる。慎重に何段がまえもの陣立てをしておいて、それから先はもう運を天に任せるという覚悟ができていたのであろう。いかにも皇帝らしい死に方である。

 といっても何もこれは人間の体質が違っているわけではない。生まれたときには、高祖も秀吉も似たような赤ん坊だった。それから後の多様な経験が人間に磨きをかけて、多様な人物に造り上げていくのである。ところが土地が狭く、人口が少ないと、早く決勝点に到着してしまう。英雄とか豪傑とかいうものは、勝ったり負けたりするたびにスケールが大きくなって行くものだが、あんまり早く勝負がついてしまっては、大きくなりきらずに成長がとまってしまうのだ。」

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posted by Fukutake at 08:32| 日記