2022年06月06日

井伏鱒二のシンガポール

「井伏鱒二全集 第十巻」 筑摩書房 1997年

その一例 p440〜

 「去年*、私は昭南*のカセイ・ビル前の古本屋で「三十三年の夢」といふ本を見つけ。それを立ち読みしてゐる間に買ひたくなつた。しかしその本の奥附に、シンガポール日本人小学校の蔵書印がおしてあつたのでちよつと面白くない気持ちがして単に立ち読みするだけで帰つて来た。日本人小学校の先生や児童たちは大東亜戦争が始まると英国官憲の手にて拘引され、チャンギの監獄に入れられて、次に印度へ送られた。從って校舎は空屋になり、それを敵兵が一部隊の宿舎にした。敵兵降伏後は再び空屋となり、その後、印度から送還され昭南に定住することになつた日本人の宿舎になつた。
 私は日本軍の入城直後に日本人小学校を訪ねたが、教室のなかには敵兵の背囊や鉄帽や食器などが雑然と散らばつて、書棚のなかも存分に掻きまわされてゐる跡が見えた。それは敵兵の仕業か現地人の物漁りの結果かわからないが、校長室のなかまで踏み荒らされてゐる跡が明らかであつた。
書物なども勝手に持ち出して古本屋へ売つたのであらうことも想像されるのである。事実カセイ・ビル前の現地人経営の古本屋では、日本人小学校の蔵書印のある本が可成りたくさん目についた。端本の早大出版部発行の日本時代史、坂崎坦氏の日本絵画論集の上巻、淡水魚の飼育法、育児法、佐々木味津三の右門捕物帳、翻訳本の史学論、その他いろいろ覚えきれないほどの書物が目についた。宮崎滔天著「三十三年の夢」もそのなかの一冊で、明治文化研究会から発行された書物であつた。しかし古本屋の主人は日本文字が読めないので、奥附に大きな蔵書印がおしてあつてもそのまま店に並べてゐた。店の主人に「値段は幾らか」とたづねると、彼は「すべて定価の五割引である」と答へた。安いことは安いと思つたが、私は小学校の蔵書印のある書物を座右に置くつもりはなかつたので買ひたいのを我慢した。戦争が始まつた当日、日本人の男はみんな拘引され、その翌々日、現地人と結婚してゐる一部のものや女子供が拘引されたのである。
官憲は牛馬を追うときにつかふ言葉を発し、日本人を叱りながら引きたてて行つたさうである。この騒ぎの最中に、日本人小学校の当局者が学校所蔵の書物を売るわけがない。私が一種感慨に耽りながら蔵書印と古本屋の主人の顔を見くらべてゐると、相手は「値段は少しも引くわけには行かぬ。安い値段である。しかも自分は、その本が非常に有益なものであると考へる」と云つた。「然り、安い値段である」と私は答へ、あとは黙つてその「三十三年の夢」の「新嘉坡の入獄」といふ章を立ち読みした。この書物の著者宮崎氏は明治三十年頃、孫文氏に連絡するためシンガポールに出張した、そして日本人経営の松尾旅館に投宿中、何の罪もないのに英国官憲に襲はれて投獄されたのである。私はひろひ読みしながらも、当時の外地在住の日本人の意気もまた日本人に対する英国官憲の態度も知ることができた。」

(一九四三(昭和十八)年十二月一日発行 『知性(河出書房)に発表。』)

去年* 昭和十七年か。
昭南*(島) 日本占領下のシンガポール。

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英人の性質、推してしるべし


posted by Fukutake at 07:18| 日記

神々の占い

「更級日記」 

 富士川の段

 (現代語訳)
 「富士川というのは、富士山を源として流れ落ちている川です。その土地の人が出て来て、こんな話を聞かせてくれました。「ある年のこと、用事で出かけることがありました時に、暑くてたまらなかったので、この川のほとりで休んでいて、見るともなく眺めていますと、川上の方から黄色い物が流れて来て、何かに引っかかってとまったのを見ますと、何か字の書いてある紙でした。取り上げてみると黄色い紙に朱色で、色濃くみごとな達筆でかかれてありました。不思議に思ってよく見ますと、来年国司の交替があるはずの国々が、まるで除目*(じもく)のようにすっかり書き上げてあって、この駿河の国も、来年空席になる予定のところに国守(くにのかみ)を当てて、(しかも)そこにはまた別人を書き添えて、二名の国守が当ててあったのです。不思議だ!しかもこんな変なことがあっていいんだろうかと思って、その紙を取り上げて、乾かして、大事にしまっておきましたが、翌年の国司の任命式には、この書類に書かれてあった人が一人の狂いもなく、この国司と書かれてあったそのとおりの人が着任して来ましたが、三ヶ月とは経たないうちに亡くなって、その代わりに赴任して来た人も、その横に書き添えられていた人でありました。

 こんなことがあたのですよ。してみれば、来年の地方官任命のことなんかは、今年のうちにこの山に多くの神々が集合して、お決めになる定めだったのだなァと、納得できたことでした。ほんとうに世にも不思議なことですねェ。」と語ってくれました。」

除目* 大臣以外の官吏の任命式。地方官の場合は正月に行われる。

(イラスト古典全訳 更科物語 橋本武 日栄社 p28〜)

(原文)
 「富士川といふは、富士の山より落ちたる水なり。その国の人の出でて語るやう、「一年ごろ、ものにまかりたりしに、いと暑かりしかば、この水のつらに休みつつ見れば、川上の方より黄なる物流れ来て、物につきてとどまりたるを見れば、反故(ほぐ)なり。とり上げて見れば、黄なる紙に、丹(に)して濃くうするはしく書かれたり。
あやしくて見れば、来年なるべき国どもを、除目のごと、みな書きて、この国来年あくべきにも、守(かみ)なして、また添へて二人をなしたり。あやし、あさましと思ひて、とり上げて、ほして、をさめたりしを、かへる年の司召(つかさめし)に、この文に書かれたりし、ひとつ違はず、この国の守とありしままなるを、三月のうちに亡くなりて、またなりかはりたるも、このかたはらに書きつけられたりし人なり。

 かかることなむありし。来年の司召などは、今年この山に、そこばくの神々あつまりて、ないたまふなりけりと見たまへし。めづらかなることにさぶらふ」と語る。」
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自分の父が国司(受領)なので、その人事の話は気になるところ。

posted by Fukutake at 07:11| 日記