2022年05月10日

生存戦略としての離婚

「私が、答えます」ー動物行動学でギモン解決!ー 竹内久美子 文藝春秋社 2001年

 「質問 関西在住の歌手、兼タレントで、豊富な人生経験で知られるY.T氏がテレビで、「遺伝は遺伝する」と言ってました。本当に離婚は離婚するんでしょうか?
答え そうなんです。離婚は遺伝します。さすがはT!もちろん離婚という現象が、顔や体の特徴と同じように親から子へ遺伝する、と私は言っている訳ではありません。
 彼の場合、その豊富な情報量から、どうも親が離婚している子もよく離婚するようだ。ははあ、離婚は”遺伝”するんだ、というくらいの軽い意味でしょう。

 私の場合はこうです。親が離婚している場合、子も離婚しやすい傾向にある。ははあ、人間には、一生を通じて同じ相手とだけ繁殖する(少なくとも表面上は)という繁殖戦略もあるけれど、離婚して相手を変える。そしてまた子をつくるという戦略もあるんだ。離婚は結婚の失敗じゃなくてそういう繁殖戦略。そのための遺伝的プログラムがあって、それが遺伝するんだ(断っておきますが、遺伝すなわち絶対そうなるということではありません)。

 離婚の原因は、異性問題であったり、相手に愛想が尽きた、博打癖、借金癖、変な癖と様々でしょう。しかしそれらは、離婚して別の相手と子をつくるという繁殖戦略の一部、つまり離婚するための動機や口実、お互いをそうならざるをえなくするための手段に過ぎないのです。この真相に本人たちが気づいている様子はありません。

 そういうわけなのです。離婚して相手を変えて繁殖するー。はたしてどんな良いことがあるのでしょう。まず、何と言っても子に、いや子が持っている遺伝子に、ヴァリエーションをつけられるという点にあります。このヴァリエーションという問題は、とても大切です。同じ相手と二人子を生すことより、違う相手と二人子を生す方がいいことはもちろんですが、もしかしたら、それは同じ相手と四人子を生すことさえも上回っているのではないか、と私などは思うくらいです。

 なぜヴァリエーションがついているといいか。それは、これまた何と言ってもなのですが、寄生者(パラサイト)対策が強化されるからなのです。寄生者というのは、細菌、ウィルス、寄生虫のように自分自身では生きていくことができず、他者に寄生して生きていく生物のことです。寄生者対策がそんなに大切かとお考えになるかもしれませんが、これが大切も大切。そもそも生物の進化の歴史は、寄生者対策の歴史、あるいは私は寄生者に強いんですよということを異性に示し続けた歴史、と言ってもいいくらいなのです。ヴァリエーションをつけることは、こんな重大な意味が含まれているのです離婚は決して悪いことじゃありません。…」

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posted by Fukutake at 10:40| 日記

無駄な恐れを恐れるな

「自省録」 マルクス・アウレーリウス 神谷恵美子訳 岩波文庫

 五〇 
 「この胡瓜はにがい。」棄てるがいい。「道に茨がある。」避けるがいい。それで充分だ。「なぜこんなものが世の中にあるんだろう」などと加えるな。そんなことをいったら君は自然を究めている人間に笑われるぞ。もし君が大工や靴屋に向って、その仕事場に彼らのこしらえているものから出たかんな屑やけずり屑があるといって責めたら、その人たちに笑われることだろうが、それと同じわけだ。
ただしこの人たちはその屑を捨てるところを持っているが、宇宙の自然は自分以外になにも持っていない。しかしここにその技術の素晴らしさがあるのであって、自然は自分自身にかぎられておりながら、その中において腐敗したり、老廃したり、不用になったりしたように思われるものをことごとく自分自身に変化せしめ、これらのもの自体から他の新しいものを再び創り出すのである。こんな次第であるから、自然は自分以外の物質には用がないし、老廃物を捨てる場所も必要としない。自分の場所、自分の材料、自己独特の技術でこと足りるのである。」

 五二
 「宇宙がなんであるかを知らぬ者は、自分がどこにいるかを知らない。宇宙がなんのために存在しているかを知らぬ者は、自分がなんであるかを知らず、宇宙がなんであるかをも知らない。
しかるにこのような問題を一つでも等閑に附しておいた者は、自分がなんのために存在するかいえないであろう。しからば、自分たちがどこにいるかということも、何者であるかということも知らないで(むやみに)拍手喝采するような連中の(非難を避けたり賞賛を求めたりする)人間 −−こういう人間は君はどう考えるか。」

 五八
 「死を恐れる者は無感覚を恐れるか、もしくは異なった感覚を恐れるのである。しかし(死後は)もう感覚が無いのだとすれば、君はなんの害悪もかんじないであろう。またもし別の感覚を獲得するならば、君は別の存在となり、生きるのは止めないであろう。」

 五九 
「人類はお互い同士のために創られた。ゆえに彼らを教えるか、さもなくば耐え忍べ。」

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posted by Fukutake at 10:34| 日記