「韓非子」第一冊 金谷 治 訳注 岩波文庫
柄(へい)* より 第二 P117〜
「君主が臣下の悪事を止めたいと思えば、臣下の実績と名目とをつきあわせてよく調べよ。というのは、その進言したことばと実際に行った仕事のことである。人の臣たる者がその意見を述べると、君主はその意見によってそれに見あう仕事を与え、専らその仕事についてそれに応じた実績を要求する。そして、実績がその仕事にかなっており、仕事の内容がさきに述べた意見どおりであれば賞を与えるが、実績がその仕事に相応せず、仕事の内容がさきの意見どおりでなければ罰を与える。だから、群臣のなかで、言うことは大きいくせに実際の業績が小さいと言う者は処罰するが、これは業績のあがらないことを罰するのではない。実際の業績が進言したことばと一致しないことを罰するのである。群臣のなかで、言うことは小さいのに実績の業績は大きいという者もまた罰するが、これは大きな業績を歓迎しないというわけではない。進言したことばと実際の業績とが一致しないというその害の方が、大きな業績があがったことよりも重大だと考えるから、そこで罰するのである。
むかし、韓の昭侯が酒に酔ってうたたねをしたことがあった。冠係の役人は、主君が寒かろうと思って、そこで衣をとって主君の体のうえに着せかけた。昭侯は目覚めると、それを嬉しく思って、おそばの近臣にたずねた。「だれがこの着物をかけたのじゃ」。近臣は、「冠係の役人でございます」と答えた。昭侯はそこで、衣服係の役人と冠係の役人をともに処罰した。衣服係の役人を罰したのは、その仕事を怠ったと考えたからであるが、冠係の役人を罰したのは、その職務をこえて余計なことをしたと考えたからである。寒さをいとわないというわけではないが、他人の職分にまで手を出すというその害の方が、寒いということより重大だと考えたのである。だから、賢明な君主が臣下を養うばあいには、臣下は自分の職分をこえて業績をあげることは許されず、意見を進言してそれが実際の仕事に一致しないということも許されない。職分をこえれば死刑にされ、ことばと仕事とが一致しなければ罪になる。それぞれの官職ごとに職分が守られ、進言したことがそのままぴったり行われるということなら、群臣たちは私的な党派を組んで助けあうということもできないのである。」
柄(へい)* 柄とは器物。転じて君主の握る権柄のこと。
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ギスギスした上下関係。 互いに慮ることは罪か。