2022年05月04日

トールキン

「とびきりお茶目な英文学入門」 テランス・ディックス 尾崎寔 訳 ちくま文庫 2001年

J・R・R・トールキン(J.R.R. Tolkien)一八九二〜一九七三 p284〜

 「ジョン・ロナルド・ロイ・トールキンは、これほど売れそうにないのにベスト・セラーになっちゃった本は世界中を見わたしてもない、という作品を書いた人。南アフリカで生まれたが、父親が亡くなってイギリスに帰国。バーミンガム育ち、キング・」エドワード四世校に進み、オックスフォードのマートン・コレッジで学んだ。二十三歳の時、戦争に参加し、塹壕での地獄のような暮らしが、オックスフォードでの平和な暮らしにとって代わった。一九一五年にはランカシャーフュージリア連隊に入隊、一年後には恋人のエディスと結婚している。お互いにトールキンが生還してまた会えるとは思っていなかったようだ。

 彼は生きのびて帰国した。オックスフォードに戻り、一九一九年には芸術修士号を取得。『オックスフォード英語辞典」の仕事をしたのち、リーズ大学で英語を教える。一九二五年、オックスフォードでアングロ・サクソン語の教授になった。そしてこれ以降二十年の間、言語学者として高い評価を受けながらオックスフォードに君臨する。典型的なオックスフォードの学監だね、パイプを口に、英文学の、まるで訳のわからない分野を研究する専門家というやつだ。

 トールキンは言葉がとても好きだったので、すでに書かれたものを研究するだけではもの足りなかった。自分の作品を創造しないではいられなかったんだね。そのために「ミドル・アース」(中世に考えられた天国と地獄の間にあるとされる地、地球)という想像上の世界を創った。そうなると、それに合わせて歴史も創ってやらねばならないわけで、王や英雄、怪物、見たこともない生物なども登場させた。この頃にはトールキンにも子供ができていて、彼だけの世界を舞台にしたお話を子供たちに聞かせてやっていた。これを知ったオックスフォードの友人に出版をすすめられる。

 『ホビットの冒険』(The Hobbit)は一九三七年、トールキンが四十五歳の時出版された。ホビット族というのは、

  「身長が普通の人間の半分という小人… おなかが太りがち、鮮やかな色の服(大体緑と黄)を着て、靴は履かない。足そのものが革靴の底みたいに厚くなっていて、髪の毛(これは巻き毛)そっくりの茶色の毛がびっしり生えている。茶色の指は長くて器用そうだし、顔つきは気がよさそうで、深い朗らかな笑い声をあげる…

 little people, about half our height… They are inclined be fat in the stomach; they dress in bright colours (chiefly green and yellow) ; wear no shoes because their feet grow natural leathery soles and thick warm brown hair like the stuff on their heads (which is curly) ; have long clever brown fingers, good-natured faces and laugh deep fruity laughs…」

 ビルボ・バギンズというホビット人のところへ、ガンダルフという魔法使いが小人を十三人引き連れてやってくる…」



posted by Fukutake at 06:55| 日記

諦観と悟り

「草枕」 夏目漱石 作 岩波文庫

「山路を登りながら、こう考えた。
 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
 住みにくさが高じると、安い所へ引っ越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれ、画が出来る。
 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向こう三軒両隣にちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容(くつろげ)て、束の間の命を、束の間の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊(たつ)とい。
 住みにくき世から、住みにくき煩(わずら)いを引き抜いて、ありがたい世界をまのあたりに写すのが詩である、画である。あるいは音楽と彫刻である。こまかにいえば写さないでもよい。

 ただまのあたりに見れば、そこに詩も生き、歌も湧く。着想を紙に落さぬとも璆鏘*(きゅうそう)の音は胸裏に起る。丹青は画架に向って塗抹せんでも五彩の絢爛は自(おのず)から心眼に映る。ただおのは住む世を、かく観じ得て、霊台方寸のカメラに澆季溷濁*の俗界を清くうららかに収め得れば足る。この故に無声の詩人には一句なく、無色の画家には尺縑*(せつけん)なきも、かく人世を観じ得るの点において、かく煩悩を解脱するの点において、かく清浄界に出入し得るの点において、またこの不同不二の乾坤を建立し得るの点において、我利私欲の羈絆*(きはん)を掃蕩(そうとう)するの点において、 ー 千金の子よりも、万乗の君よりも、あらゆる俗界の寵児よりも幸福である。

 世に住むこと二十年にして、住むに甲斐ある世と知った。二十五年にして明暗は表裏の如く、日のあたる所はきっと影がさすと悟った。三十の今日はこう思うている。 ー喜びの深きと憂いよいよ深く、楽みの大いなるほど苦しみも大きい。これを切り放そうとすると身がもてぬ。片付けようとすれば世が立たぬ。金は大事だ、大事なものが殖えれば寐(ね)る間も心配だろう。恋はうれしい、嬉しいが恋が積もれば、恋をせぬ昔がかえって恋しかろ。閣僚の肩には数百万人の足を支えている。背中には重い天下がおぶさっている。うまい物も食わねば惜しい。少し食えば飽きたらぬ。存分に食えばあとが不愉快だ。…」

璆鏘*(きゅうそう)玉や金属が触れ合って美しく鳴り響くさま。
澆季溷濁*(ぎょうきこんだく)道徳や人情が軽薄になり、風俗の乱れた世の中。
尺縑*(せつけん) ほんの小さな画作。
羈絆* さまたげ。

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少し食えば飽きたらぬ。存分に食えばあとが不愉快。確かに!
posted by Fukutake at 06:51| 日記