「おとぎの国の妖怪たち」 小泉八雲怪談集2 池田雅之 訳編 現代教養文庫(社会思想社)
子捨ての話 p12〜
「昔、出雲の国の持田浦という村に、一人の百姓が住んでいました。男はひどく貧しかったので、子どもなぞ持てるものではないと思っていました。
女房に赤ん坊が生まれると、そのたびに川に流し、村人の前では死んで生まれたと言いつくろっていました。赤ん坊は男の子のこともあり、女の子のこともありましたが、生まれればかならず、夜のうちに川に捨てられました。
こうして六人の子どもが殺されました。
しかし、年月がたつに連れて男の暮らし向きお豊かになっていきました。田畑を買い、いくらか蓄えもできました。そのころ、女房が七人目の子を産みました。男の子でした。男は言いました。。「ようやくわしらも子どもの一人くらいは養えるようになった。わしらが年をとった時に、面倒を見てくれる息子がいるでな。この子はずいぶんと器量がええことだから、ひとつ、育ててみることにするか」
子どもは日に日に大きくなっていきました。男はしだいにそれまでの自分の料簡が嘘のように思えてきました。わが子の可愛さが、日増しにしみじみと感じられるようになってきたのです。
夏のある夜、男は赤ん坊を抱いて庭にでてみました。子どもは生まれて五月(いつつき)になっていました。
その夜は大きな月が出て、いかにも美しい晩でしたので、男は思わず大きな声で言いました。
「ああ、今夜はめずらしいええ夜だ」
その時、赤ん坊が男をじっと見上げて、まるで大人のような口を利きました。
「お父っつあん、あんたがしまいにわたしを捨てなすった時も、今夜のように月のきれいな晩だったね」
そう言うと、赤ん坊はごくあたりまえの子どもらしい顔つきにもどって、それきり何も言いませんでした。
百姓は僧になりました。」
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