忽必烈の元寇

「宮�ｱ市定全集　１２　ー水滸伝ー」　岩波書房　１９９２年

元寇　p８７〜

　「高麗を服属した世祖フビライは、高麗人趙彝（ちょうい）が日本をも服属すべきをすすめたのに従い、何度も国書や高麗の牒文を日本へつかわした。この二書の写しは、現在奈良東大寺尊勝院に所蔵されている。

　これらの文書が太宰府に提出されるや、すわ一大事と、ただちに鎌倉にとどけられ、幕府から朝廷へと上申された。当時これについて、いろいろと評議されたが、べつに返答をあたえず、ただちに軍備をととのえることになった。使節は五ヶ月太宰府にとどまったが、ついに要領をえず帰国し、モンゴルに報告した。

　フビライはさらに殷弘らを日本へつかわしたが目的を果たさなかった。
　そこで、至元八年また趙良弼（ちょうりょうひつ）を使者として日本へつかわした、彼は筑前今津に着き、そこから京都におもむいて国書を奉呈しようとしたが容れられず、副本を提出して返答を求めた。これも失敗し、至元一〇年、趙良弼はふたたび太宰府にひきかえしたが、ついに使命をはたさずして帰国した。そこで趙良弼はフビライに対して、つぎのような報告をして、遠征を思いとどまらせようとした。

　「私は日本に一年あまり滞在し、その民俗をつぶさに見ましたが、たいへん勇猛で、人を殺すことを何とも思っていません。また父子の親さもなく、上下の礼もわきませません。その地は山や川が多く、農業の利益もありませぬ。たとえその人を得ても、役使することができず、その国土を占領しても、富ますことは不可能でございます。まして、軍隊を派遣しようとしても、いつ暴風がおそってくるかもしません。このようなわけでありますから。日本に遠征することは、役に立つ民力を浪費して、はかりしれない巨谷をうずめるようなものでございます。どうか日本遠征をおやめくだされませ」

　趙良弼の報告には、だいぶでたらめなところがある。日本服属の使命をはたしえなかったので、処罰をおそれて、虚偽の報告を成したのであろう。

　それではフビライはなぜ執拗にも、たびたび日本に使者を派遣し、高麗にその嚮導を命じたのであろうか。一つには日本遠征にかこつけて軍隊を高麗におくり、高麗を完全にモンゴルに服属させるにあった。このころ、高麗はモンゴルに服属したとはいいながら、江華島に都をうつし、なおモンゴルに反抗しようとする空気が濃厚であった。もう一つには、高麗や日本が南宋と通交していたので、その関係をたちきるためであったようだ。また当時日本は金を豊富に産する国として。中国に知られていたので、フビライはその日本を支配下におきたいと思ったのであろう。」

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いくら賢帝でも利得を前にして合理的な情報が役に立たなかった。