「ゴッホの手紙(下)」J.v.ゴッホ-ボンゲル*編 硲(はざま)伊之助 訳
第六三一信 一八七〇年五月
「親切な便りとジョ*の肖像をありがとう、とても美しいし、ポーズが成功している。ごく簡単で、なるべく実際的に返事をしたい。まず、旅行中ずっと僕に付き添ってもらわねばならないという申入れをきっぱり断る。一旦汽車に乗ったら何も心配することはないし、危険な病人でもあるまい−−たとえ発作が起きると仮定しても−−他の客が客車にいるはずだし、そんなことが起きたら駅でどうしたらいいか分からないものでもないだろう。
君がそんな心配をすると僕の心が重たくなり、それだけで意気銷沈させられる。
ペーロン氏にも同じことを今言ったばかりだし、僕がなったような発作の後ではいつも三、四月間は全く落ちついた状態が続くから、その期間中に転地したい−−今はどんなことがあってもここから移りたい。絶対にここから立ち去りたいのだ。
ここの患者の扱い方に信頼出来ない。詳細にわたって説明したくはないが −−約半年前に、もし同じような発作が起きたら、療養所を変えたいと言っていたのをおぼえているのかい。それからまた発作に襲われてぐずぐずしていた。当時は仕事の真最中だったし、やりかけの画布を仕上げたかったのだ。さもなければとっくにここから立ち退いていたろう。僕の考えでは遅くとも十五日以内(八日間位ならなおいいが)に転地の準備を整えようと思う。タラスコンまで人に付いて来てもらう−−君がすすめるなら一つか二つ先きの駅まででもいいが。パリへ到着したら(ここを出発するとき電報を打つ)ガール・ド・リヨンまで迎えに来てくれたまえ。
それから出来るだけ早く田舎のあの医師*に会った方がいいと思うから、荷物は駅に預けて置こう。君の家には二、三日ぐらいしか滞在しない。それからあの村へ行き、始めは宿屋に泊まる。この数日間に君は−−なるべく早く−−これから友人になる例の医師に次のように便りしてくれたまえ。「兄は早くお目にかかりたいと申しておりますので、パリには長居せず、すぐ診察していただきたいと願っております。村で数週間滞在し、習作を描いていてもよろしいでしょうか。北方へもどった方が病状も回復し、南仏に長く滞在していましたから容態がますますひどくなるばかりではないかと考えます。彼は先生を信頼しておりますので御理解いただけますものと推察申し上げます。」
そう書いておけば、パリへ僕が着いた翌日かその次の日に電報しておけば、きっと駅へ迎えに来ていてくれる。…」
医師* オーヴェル・シュール・オワーズの医師ガッシュ氏。
J.v.ゴッホ-ボンゲル*(ヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲル) 、ジョ* オランダの画商テオドルス・ファン・ゴッホ(通称テオ、画家フィンセント・ファン・ゴッホの弟)の妻である。通称はヨーまたはジョ(Jo)
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サンレミからパリへ