「交差点で石蹴り」 群ようこ 新潮文庫 平成十年
二色のおばさん p106〜
「ずいぶん前にテレビで、白いおばさん、黒いおばさんという特集をやっていた。今の日本のおばさんは、二つのタイプに分けられる。白いおばさんは、ただ家にいてばくばくと間食をし、最低限しか動かないので、色白で体がゆるんでいる。ろくに化粧もせず、適当に家にあるものを着ている。まあ、昔からの典型的おばさんの姿である。
そして最近、台頭してきたのが、お洒落な黒いおばさんである。彼女たちはとにかく家にいることがない。ゴルフ、旅行、夏は肌を焼く。やたらと美容に気を使うので、スタイルはいい。そして化粧やファッションにとても興味があり、ブランド品に弱いという特性を持つのである。
平日の日中、デパートにいくと、黒いおばさんが多い。不思議なことに食料品売り場、催事場、バーゲン会場ではなく、特選品売り場にたむろしている。日焼けした肌に、化粧はばっちり。着ている服もスポーティーだが、華やかなものばかりである。何年も前に流行の中心にいた、サーファーの女の子が、うまいこと金持ちの男と結婚して歳をとり、生活すべてがクレードアップした感じなのである。…
私は黒いおばさんが好きか嫌いかという問題とは別に、基本的に日焼けしている人は好きだ。自分にはできないことだからだ。やはり日焼けしている人からは、活動的な印象を受けるし、私が自分の肌の色を見て、白くて気持ちが悪いと思うこともたびたびある。しかし先日久しぶりに会った、年上の女性を見て、私はびっくりしてしまった。本人はにこにこしていたが、私の顔はひきつるだけだったのだ。
彼女は四十歳をすぎたとたん、お洒落でかっこいいといわれている、黒いおばさんになることを決意した。それまで育児に追われていたのと、出不精だったのとで、家のなかにいるばかりだったのが、このまま白いおばさんになるのはいやだといって、テニス、ゴルフと毎日出かけるようになった。おのずと服装も活動的なものになり、若い女の子の真似をして、ショート丈のキュロットスカートもはいてしまう、変貌ぶりをみせたのである。
毎日、戸外で肌をさらしていた彼女は、黒いどころか真っ黒になっていた。背も高くないし太めの人なので、炭団のようだ。肌の色にあわせて化粧も濃くなった。パール入りの化粧品が好きで、とにかく顔面が黒光りしているのだ。そしてそのうえ、顔が大きいものだから、黒光りした顔面だけが異様に目立ち、まるでイースター島のモアイ像が、ゴルフのクラブを抱えているみたいになっていた。
デパートの特選品売り場で見た黒いおばさんは、確かに若々しくみえた。しかしただ肌を焼いただけでは、憧れの黒いおばさんにはならないという現実を私ははっきりと認識したのである。」
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