2022年04月02日

ルノアール

「小林秀雄全集 第十一巻」− 近代繪畫 − 新潮社版 平成十三年

美術を語る(對談)梅原龍三郎・小林秀雄 ルノアールのモデル p150〜

 「小林 ルノアールなんていう人は、女をいくつも描いてるな。あれはどういうやり方で描いたんでしょう。

梅原 あれは必ずモデルがいたな。とにかくモデルなしで描いているということはね、ほとんどなかったんだろうと思うな。一つは習慣もあったと思うんだ。

小林 あの女はいつでもあの女だったんですか。

梅原 そう。ほかにもね、古くから出入りしているモデルといったものがあってね。その後パン屋の細君になって、「パン屋、パン屋」と言ったモデルでね。とにかくガブリエルというのが一番古くて、十四、十五の時に田舎から出て来て女中のように働いて、同時にモデルとしてポーズをしていた。ルノアールの作品の幾割か、七割くらいはガブリエルがポーズしてゐるかも知れないな。それと身近な子供とかね。わりあい少ないのは細君だな。もっとも今アメリカにある舟の上で昼食しているきれいな作品で、犬のそばにいるのは細君がポーズしたんだ。という話だけどね。それから「ル・ムーラン・ド・ラ・ガレット」を描いた時も、あるいは細君がポーズしたのかも知れないと思う、それとまたドガという人がね、あれ、やっぱりモデルがないとね、描けなかった人らしいな。もっともオペラの踊りの場面なんかたくさん描いたんでね、あんなのは手帳のスケッチから描いたかも知れないけれども、大体において物を見ないと描けない人だ、ということを聞いてたな。
あの連中はね、描くっていうことは見ることだ、見ることが描くことの延長だ、といったような考えになってたんでね。頭の中にあるものを描くということは、常識になかったかも知れないな。ルノアールなんか、晩年クラシックに変えていってから。「パリスの審判」のようなものも、かなり描いていて、部分的には男のパリスのポーズも、女のガブリエルがしていたんでね、三美神も、パリス、メルキュールもガブリエルが一人で引受けたようなものだったんだけれども、何か見ない描けない習慣だっただな。

小林 やっぱり印象派の影響というのは、非常に大きいんですな。それは深い意味があるのかも知れない。ただの精神統一といったようなことではないかも知れないな。」
(「文藝」美術讀本、昭和三十年十一月)

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posted by Fukutake at 07:02| 日記