2022年02月24日

水木しげるの妖怪世界

「名言でみる「水木しげる的人生」と作品 荒俣宏 著 UC Card magazine 「てんとう虫」2022 March号 掲載

 「ぼくが自分の人生でいちばん幸運だったと思うことは、何人もの「昭和の師匠」たちとめぐり合えたことだ。そのなかでももっとも影響のおおきかったのは、水木しげるさんだ。初めてお会いしたのは、ぼくが四十歳を越えてからだ。その水木さんがいきなり、「妖怪はみえません。だからフツーの人は、いないと思い込むんですなア。プハッ」と、教えてくれた。じつに楽しそうだった。

 ではどうすれば妖怪が見えるのか? 水木さんは、こう答えた。「目に見えないものを無理やり見る(感度)を高めることですな」と。これがまた、みごとに腑に落ちた。

 実際、ニューギニアに出かけて、裸になって踊りの輪に入ってみたら、全身が興奮してきて、妖怪や野生動物と混浴の温泉につかっているような境地に慣れた。案ずるより産むがやすし、とはこのことだ。このニューギニアは「総員玉砕せよ!」の命令が出たほどの地獄だったが、それでも現地の人たちと仲よくし、熱帯の動植物を楽しく観察しながら、熱帯の大密林に溶け込んだ。左腕を失ったけれども、「治ってくると、切り落としたところから赤ん坊の匂いがするんです。生まれ変わる感じがしました」という。こんな前向きな生き方もめずらしい。ちなみに、ぼくを見るなり、「あんた、貧乏そうなのによく肥えてますなア。ごはんは毎日何杯? フツーなら餓死ですよ」とほめて(?)くれた。不遇に生きる作家にとって、最高の激励だった。なので、これから四つばかり、生きる希望が湧いてきた。「水木式名言」を伝えたい。

一、「神様も妖怪も目に見えません。祈ったて、お返しなんかこないです」ここにはフツーの人を迷わせない、健全で明るい良識が宿っている。この割り切りができたからこそ、水木さんは妖怪文化を世界に開くことができた。人間も妖怪も一緒に暮らせる世界があることを知らせてくれたのだ。

二、「幸福になるのはかんたん、わたしなんか空気が吸えるだけで幸せですよ」 貧乏であればあるほど、ちょっとした幸福にも敏感になれる。人生とは不思議なもので、そういう感覚の人には超安価な幸福が向こうから寄ってくる。貧乏神に好かれたほうが幸福になれるのだ。

三、「これから調べるのは ”出雲” です。ここが日本太古の霊地だったんです!」 水木さんが幼児のときに暮らした境港市入船町の実家は狭い海峡を挟んで向こう側に島根半島の先端がよく見える場所にあった。小さいころから、古代の島根と向き合うことで、妖怪よりもはるかに古い起源をもつ精霊の世界に呼ばれたらしいのだ。

四、「なまけものになりなさい」
 これは水木さんが一生を通じて心に抱いていた言葉だ。最初は、故郷の境港やニューギニアの原始楽園じみた日々をなつかしむための言葉だった。売れっ子になっておそろしいほど多忙になった時期に、文明に毒された心の休息をもとめる叫びに変わった。すなわち、現世の欲望や重荷から自由になりなさい、という主旨なのだ。

 水木さんの、どの話も、ある意味で貧乏讃歌であり、じつは二十一世紀の衰退する日本へ向けた最後の「幸福」指南といえる。」

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posted by Fukutake at 09:58| 日記