2021年10月12日

うつ病

「心に狂いが生じるとき」−精神科医の症例報告− 岩波明  新潮文庫 平成二十三年

p224〜
 「一国の首相といえども、普通の一人の人間であり、重い病気にかかることは起こりうる。しかし、通常われわれはそういった点を忘却している。首相になるような人物は、スーパーマンか何かのように、思ってしまう傾向にある。通常人の数倍のストレスをものともしないことが当たり前であると考える。しかしそれは当然の事ながら誤りであり、安倍元首相に限らず、トップリーダーが大きな健康問題を抱えることは少なくない。現実問題として考えると、一国の総理がうつ病のために、短期間とはいえ権力の空白が生まれてしまうという今回のような状況を放置するわけにはいかない。

 総理大臣の病状は、本来公にせざるを得ないものである。国家の非常時への対応が遅れてしまえば、事態が致命的になることも起こりえる。権力者の精神面を含めた健康状態には、常に第三者によるなんらかのチェックが必要である。その意味では、安倍の病状を知りながら十分な対応策をとらなかった政府スタッフは、記事にしなかったジャーナリズムとともに、大いに反省すべきであろう。…

 政府首脳の精神面を含めた健康状態は国民にオープンにすべきであるが、それでは雅子皇太子妃の「精神的な病い」については、どう考えればよいのだろうか。雅子妃は「適用障害」という診断によって長期療養中であり、皇族に課せられた公務が十分にこなせない状態が続いている。これについては各方面からバッシングに近い批判が繰り返し寄せられている。

 しかしさ雅子妃の病名は、百パーセント確実とは言えないまでも「適応障害」ではなく「うつ病」かその類縁疾患であることは、精神医学の専門家にとっては自明なことだ。そして慢性化し遷延したうつ病においては、ストレスや業務の軽減を計るのは必要な処置である。雅子妃が自らうつ病であることをカミングアウトすれば、この病に苦しむ多くの人々の励ましになるであろう。しかし現実的には、曖昧な病名のまま真実を押し隠す状況が続いている。
 うつ病は、今やだれでも罹患する可能性がある疾患になった。研究者によって数字は異なるが、人口の約十五パーセントは、生涯のある時期においてうつ病を発症することが明らかにされている。いまや国民病になったうつ病について、われわれは多くのことを知る必要がある。」

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posted by Fukutake at 12:07| 日記