2021年10月07日

E.ケストナー

「人生処方詩集」 E・ケストナー 小松太郎訳 ちくま文庫

絶望第一号 p182〜

 「小さな男の子がひとり
ほてった手に一マルク握り
路を走っておりました
もう時刻も遅いので 店の人たちは
壁の時計をこっそり 横目でにらんでおりました

坊やは急いでおりました 走りながらピョンと跳び上がり 口の中で言いました
「パン半分 ベーコン1/4ポンド」
まるで唄でもうたっているよう そのうち唄がハタと止んだ
握っている手をあけて見たら お金がなくなっておりました

坊やは立ちどまり 暗闇に突っ立った
ショーウィンドウの灯りが消えた
星のひかりは綺麗だが
お金を捜すには ひかりが足りぬ

いつもまで立っているつもりでしょう
こんなひとりぼっちになったことがない
ガラスの上で 鎧戸が鳴った
街燈が居眠りを始めました

坊やはなんども両手をあけて
ゆっくりクルクル廻していたが
それからいよいよ望みも絶えた
もう げんこをあけて見る気もしない


お父さんはお腹がすいていた
お母さんはつかれた顔をしていた
ふたりは坐って待っていた
坊やは裏庭に立っていた ふたりはそれを知らなかった

お母さんは心配になってきた
とうとう 捜しに行って 見つけました
坊やは小さな顔を壁にむけ絨緞掛けの鉄棒に じっともたれておりました

お母さんはハッとした いったいどこへ行ってたの?
坊やは大声で泣き出した
坊やの胸の苦しさは お母さんの愛より大きかった
それからふたりはしょんぼりと お家へ入ってゆきました」

-----
美智子皇太后陛下 御紹介の詩 国際児童書評議会ニューデリー大会の講演「子供時代の読書の思い出」で触れられました。(同書帯より)
posted by Fukutake at 07:44| 日記