「シェイクスピア名言集」 小田島雄志 著 岩波ジュニア新書
p118〜
「...落ちめになったと悟るのは、自分で落ちたなと感ずるより早く、他人の目がそれ と教えてくれるのだ。
... What the declined is, He shall as soon read in the eyes of others, As feel in his own fall.
『トロイラスとクレシダ』第三幕第三場
トロイ軍と対峙するギリシャ軍のなかに、一つの問題が起こる。天下随一の勇将ア キリーズがトロイの王女への愛ゆえに戦おうとせず、総指揮官アガメムノンの指令に そむいて軍の秩序を乱していることである。そこで智将ユリシーズが一計を案じた、全 員アキリーズにチヤホヤすることをやめ、よそよそしくするのである。アガメムノンはじ め武将たちがみなうって変わったように冷たい顔をむけるを見て、アキリーズは、「お れの値うちが突然さがったとでもいうのか?」と自問したあと、このように言う。 自分の見る目には、一種の慣性の法則が作用する。それまで自分の姿が焼きつい ているので、他人の目よりも動きが遅くなるのである。昇り坂のときも加速度について いけず、人々の賛美の声にとまどいさえ覚えるだろうが、下り坂になるとスピードはさ らに早くなるのでいっそう調整しにくくなる。全盛期をすぎたプロ野球の選手や大相撲 の関取は、自分ではまだまだやれると思っていても、観客の拍手のさびしさに「秋」を 知らされるのである。
四十代になったある俳優が言っていた。「ぼくがいちばん正直だなあと思うのは、飲 み屋のママですね。昔テレビで売れていたころは、店に入ったとたんに、いらっしゃ い、とはずむような声が飛んで来たもんですよ。ところがこのごろじゃあ、椅子にす わってからやっと、昔より一オクターブ低い声で。いらっしゃい、ですからね」
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他人は正直。