「永遠の哲学」 オルダス・ハクスレー著 中村保男訳 平河出版社
共産主義 p187〜
「完全な共産主義が成立するのは、霊的なもの −−ある程度までは精神的なもの −−においてのみであり、さらに言えば、このようなものが無執着と自己否定の状態にある男女によって所有されている場合だけである。ある程度の苦行が、単に知的で美学的なものだけを創造し享受するのにも欠かせない前提条件となっていることに注意を向けるべきだろう。芸術家、哲学者、科学者の職を選ぶ人は、多くの場合、貧困な生活と報われない重労働を選んでいるわけだが。それだけが彼らの選ぶべき苦行ではなく、芸術家は、世界を眺める時、功利的にものごとを考える普通人の傾向を否定しなければならない。同様にして、批判的哲学者は自分の常識を抑えなくてはならず、調査研究に従事する者は、過度に単純化したり、通り一遍の考え方をしたりする誘惑に断固として抵抗しなくてはならないし、謎めいた「事実」の導くがままになるように自分を素直にしておく必要がある。さらに、美的な、あるいは知的なものを創り出す人について言えることは、そのようなものを享受する人たちについてもいえることであり、こうした苦行が決して些事ではないということは歴史の過程で再三再四明らかになっている。
たとえば、ここで想い浮かぶのは、知的な苦行をしたソクラテスに苦行を積んでいない同国人たちが毒人参で報いたという史実であり、あるいはまた、アリストテレス的なものの考え方と訣別するためにガリレオやその同時代人たちが積みかさねた英雄的な努力であり、由緒深いデカルトの処方を用いることによって発見できる以上に多くのものが宇宙に厳存しているのだと信じる科学者ならば誰もが今日やはり英雄的な努力をかさねなくてはならないのだ。このような苦行または精神は、もっと低いレヴェルで霊の至福に相当する意識状態という報酬を得る。芸術家は −−哲学者や科学者もやはり芸術家なのだ −−美的な観照、発見、そして無執着による所有という至福を知っているのである。
知と情と想像の所産は真実のものではあるが、最終目標ではなく、それら自体を目的として扱うと、私たちは偶像崇拝に陥ってしまう。意志、欲望、行動の苦行精進だけでは充分ではなく、知ること、考えること、感じること、空想することなどにも苦行精神がなくてはならぬ。」
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共産主義はファンタジー。安易に誘惑に陥る傾向に抵抗せよ。