2021年07月12日

大学生の夏目金之助

「漱石全集」 第二十二巻 岩波書店 一九五七年

帝大文科二年 夏目金太郎 (明治二十二年、二十三歳の頃)

 對月有感 p236〜

 「夢路おとなう風の音にも目には見えぬ秋は軒端ふかくなりぬと覺しく いとものさみし 垣根の萩 さきみだれて人待ちかほなるにつけても 柴の戸おとづる友もがなと思へど 野分にいとどあれはてて 月影ばかり やへむぐらにもさはらず さし入るぞ いみじうわびしき夕なりける あわれ塵の世に生まれては かはり行くわが身の上を うれひうれひて老ぬべきかな かはらぬ月の色をめでたしと見て きよき心の友となさんやうもなし 去れど世の中のものども 誰かは清らなる月の光りをみて おのが心にはぢざるべき 心ざまいやしうして名聞をのみもとむるものの あるは秋の江に舟うかべてものの音かきならし ざれ歌うたひ あるはたかどのの簾たかくかかげて銀のともしびつらねて 宴開きわれがちに月をめで したりかほなるもいとあさまし われは月のおもはんほどもはずかしければ 舟も浮べず宴もはらず のきばちかくゐより入るかたの空清ふすみわたるまで うちながめつらつらおもほへらく 雲井にちかきかしこきわたりはものかは よもぎふの露けき草のいほりさへ 月のてらしてらして幾世へぬらん あはれむかし見し人も今はすすきが下の白き骨とこそなりけめ むかしゆかしき宮居も今は烟ひややかに草もたかくなりけん われもももとせの後は苔の下にうづもれて 此月影を見んことかなはず すまふ草のいほりも もとの野原となりて葉末の白露におなじ雲井の月影をやどすらん その時軒端ちかくゐよりて行末を思ひ昔を忍ぶこと われに似たる人もあるべし さてもおかしきは浮世なりけり

 蓬生(よもぎふ)の葉末に宿る月影は むかしゆかしき かたみなりけり

 情あらば月も雲井に老いぬべし かはり行く世を てらしつくして」

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懐古調もてだれですね。

posted by Fukutake at 11:07| 日記