2021年07月05日

ミラー・ニューロン

「考える人」 季刊誌 2013年 夏号 No.45 新潮社

ヨーロッパの身体性 養老孟司 ポルノグラフィーはなぜ売れるのか

p129〜

「...イタリア人の研究者があるときアイスクリームを食べた。イタリア人だから実験室 でアイスクリームを食べるのである(イタリア人でなくても食べるかもしれない)。そうし たら、それを見ていた実験用のサルのニューロンが反応した。アイスクリームに反応 するニューロンかと思ってアイスクリームを見せたが、それだけでは反応しない。じゃ あというので、サルにアイスクリームをやったら、このニューロンはとたんに反応した。 つまり見ている相手がアイスクリームを食べても、自分が食べても、同じように反応す るニューロンが見つかったのである。じゃあそれはどういうニューロンはというと、もと もとは「自分がアイスクリームを食べる」ときに働くニューロンに違いない。つまりサル だろうがヒトだろうが、相手の行動を見ると「自分がその行動をする」のと同じ反応が 脳に起こってしまう。 この実験を知ったとき、長年の疑問が氷解した。それはポルノグラフィーがなぜ売れ るのか、という疑問である。性行動をしているのは他人なのに、それを見ている自分 がなぜ興奮しなきゃいけないのか。ミラー・ニューロン、あるいはそれに類似の神経シ ステムを前提にすれば、これは当然である。自分が性行動をしているときに興奮する ニューロンが、他人の性行動を見て興奮しているからである。つまりこういうものは 「伝染する(うつる)」というしかない。 他人の痛みを感じる。そういえば格好いいが、本当は痛くない。なぜなら傍観者の 場合には、末梢から「痛くないよ」という信号が入って、「痛いよ」と興奮しているミ ラー・システムの信号をキャンセルするからである。ただし末梢からの信号が入らな いと、本当に痛いらしい。その例をラマチャンドランが書いている。机の上に置いた手 を金槌で叩く。本当にそんなことをしたら傷害罪だから、ゴム製の手をホンモノと思わ せる仕掛けをあらかじめ整えておく。その手を金槌で思い切り叩くという光景を「手の ない人」に見せる。この人は自分の末梢から「じつは痛くないよ」という信号が入らな いので、本当に痛みを感じてしまうらしい。 ポルノも同じで、見ているだけで頂点に達する、男性なら射精するということは、ふ つうはない。末梢刺激という手助けが必要である。中枢つまり脳はすでに興奮してい るから、ちょっとした手助けで十分である。右の痛みの例から類推すれば、性に関わ る末梢が失われてしまった人では、見るだけでオーガズムに達する可能性があること になる。」

...

言語とは、ミラー・システムでは通じないことを、なんとか通じさせようとする働きであ る。だからわが家でも、「あそこのあれだけど、ああなってよかったわね」と家内がいえ ば、それだけで私に通じてしまう。ほとんど言語の体を為していないけれども、おそら くミラー・システムが数十年の間に夫婦間で十分に訓練されてきたのであろう。」
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あれですか?あれです。
posted by Fukutake at 13:57| 日記

ミラー・ニューロン

「考える人」 季刊誌 2013年 夏号 No.45 新潮社

ヨーロッパの身体性 養老孟司 ポルノグラフィーはなぜ売れるのか

p129〜

「...イタリア人の研究者があるときアイスクリームを食べた。イタリア人だから実験室 でアイスクリームを食べるのである(イタリア人でなくても食べるかもしれない)。そうし たら、それを見ていた実験用のサルのニューロンが反応した。アイスクリームに反応 するニューロンかと思ってアイスクリームを見せたが、それだけでは反応しない。じゃ あというので、サルにアイスクリームをやったら、このニューロンはとたんに反応した。 つまり見ている相手がアイスクリームを食べても、自分が食べても、同じように反応す るニューロンが見つかったのである。じゃあそれはどういうニューロンはというと、もと もとは「自分がアイスクリームを食べる」ときに働くニューロンに違いない。つまりサル だろうがヒトだろうが、相手の行動を見ると「自分がその行動をする」のと同じ反応が 脳に起こってしまう。 この実験を知ったとき、長年の疑問が氷解した。それはポルノグラフィーがなぜ売れ るのか、という疑問である。性行動をしているのは他人なのに、それを見ている自分 がなぜ興奮しなきゃいけないのか。ミラー・ニューロン、あるいはそれに類似の神経シ ステムを前提にすれば、これは当然である。自分が性行動をしているときに興奮する ニューロンが、他人の性行動を見て興奮しているからである。つまりこういうものは 「伝染する(うつる)」というしかない。 他人の痛みを感じる。そういえば格好いいが、本当は痛くない。なぜなら傍観者の 場合には、末梢から「痛くないよ」という信号が入って、「痛いよ」と興奮しているミ ラー・システムの信号をキャンセルするからである。ただし末梢からの信号が入らな いと、本当に痛いらしい。その例をラマチャンドランが書いている。机の上に置いた手 を金槌で叩く。本当にそんなことをしたら傷害罪だから、ゴム製の手をホンモノと思わ せる仕掛けをあらかじめ整えておく。その手を金槌で思い切り叩くという光景を「手の ない人」に見せる。この人は自分の末梢から「じつは痛くないよ」という信号が入らな いので、本当に痛みを感じてしまうらしい。 ポルノも同じで、見ているだけで頂点に達する、男性なら射精するということは、ふ つうはない。末梢刺激という手助けが必要である。中枢つまり脳はすでに興奮してい るから、ちょっとした手助けで十分である。右の痛みの例から類推すれば、性に関わ る末梢が失われてしまった人では、見るだけでオーガズムに達する可能性があること になる。」

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言語とは、ミラー・システムでは通じないことを、なんとか通じさせようとする働きであ る。だからわが家でも、「あそこのあれだけど、ああなってよかったわね」と家内がいえ ば、それだけで私に通じてしまう。ほとんど言語の体を為していないけれども、おそら くミラー・システムが数十年の間に夫婦間で十分に訓練されてきたのであろう。」
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あれですか?あれです。
posted by Fukutake at 13:57| 日記

ぼくらは星屑

「ぼくらの体は「星屑」でできている」対談 村山斉* x 向井万起男* 「考える人」季刊誌 2015年秋号より

p24〜

「向井 ...ぼくは女房の関係でハンツビルに何度も行っているんですが、そこから車 で一時間走るとタスカンビアという町があって、ヘレン・ケラーが生まれた家があるん です。そこで買ってきたのが、この井戸と少女の置物。 ヘレン・ケラーの『ウォーター』ってご存知ですか。彼女は先天的な三重苦ではな かった。一歳半の時に高熱を発して目や耳が不自由になった。だからそれまでは耳 から人の声を聞いている。サリバン先生が手に触れさせた井戸水で「ウォーター」を 思い出して、世の中に言葉があることが初めてわかったという感動的なシーンを表し たお土産なんです。... 今日これを持ってきたのは、女房が宇宙に行って一番感動したことを話そうと思った から。それは宇宙から見た地球でも何でもないんですよ。それは、帰ってきてから重 力を感じたことなんです。スペース・シャトル・コロンビア号で十五日間飛んだ。それだ け無重力状態にいると体が完全に無重力にフィットするので、地球に帰ってきたらす ごい重力を体感した。予想だにしなかったのは、帰ってきてから体がガンガン重力を 感じたこと。女房が宇宙に行って一番良かったのは、地球で暮らす人生で一度も考え なかった重力に気がついたことなんですよ。言葉の存在に初めて気づいたヘレン・ケ ラーと同じ。... 村山さんは帰国子女でしたね。何で大学で物理学をやろうという発想になったんで すか?

村山 ICU高校の物理の先生が変な先生だった。授業は必ず教室ではなく実験室で やるんです。最初の物理の時間に何をやったかというと、みんなに氷砂糖を配る。何 をやってもいいから小さくしてみろと。授業時間中、みんな頑張るんです。実験道具の 引き出しを見て、カッターがあるから切ってみようとか、すりこぎがあるからつぶしてし ようとか。最後に虫めがねを渡す。見てみろって。すると、一時間頑張ったのに、虫め がねで見ると結構大きな塊がゴロゴロしている。それで授業が終わっちゃう。つい数 年前、何十年ぶりにその先生に会って、あれ一体何を言いたかったんですかと聞い てみた。原子がいかに小さいかを身をもって理解させようとしたんですかと言ったら、 「あ、よくわかったね、きみ」(笑) あるいは、シリンダーを持ってきて、水と食塩を入れて混ぜる。さあ、ここで問題です と。重力は溶けている食塩の小さな粒々を引っ張ってますよね。ということは、下のほ うが濃いと思いますか。みんな手を挙げて自分の意見を言う。私は下のほうが絶対 濃いと言いました。しばらく議論させた後、じゃ測ってみましょうと。シリンダーの底か らとった食塩水の濃度と上からとった食塩水の濃度を測ると全く違わない。これも説 明してくれないんです、それ以上。後になってわかったのは、重力は確かに水に浮か んでいる食塩、ナトリウムと塩素を引っ張っているけれども、水の中で水の分子は結 構勢いよくブンブン動いていて、ゴツンゴツンとたたかれるからナトリウムと塩素は浮 かんでいる。そのたたく力と重力を比べたら、重力なんて無視できるぐらい小さい。だ から重力ってやつは弱い力だということなんですよね。」

向井万起男*(むかいまきお) 医師。エッセイスト。1947年東京生まれ。妻は宇宙飛 行士の向井千秋さん。
村山斉*(むらやまひとし) 素粒子物理学者。1964年生まれ。 ----
posted by Fukutake at 13:53| 日記