2021年05月10日

いわゆる英国クラブ

「イギリスだより」 カレル・チャペック 飯島周 編訳 ちくま文庫 2007年

ロンドンのクラブ p72〜

「このことをお話しするのに、遠慮せねばならぬわけがあるだろうか。そうなのだ、わ たしは、ロンドンのもっとも閉鎖的な高級クラブのいくつかに紹介されるという、、身に あまる栄誉を与えられた。これは、どの旅人の身の上にも起こるようなことではない。 どんな様子なのか、説明を試みよう。

あるクラブは、とても有名で、創立百年の歴史があり、限りなくおごそかである。この クラブには、ディケンズ、ハーバート・スペンサー、その他多くの有名人が籍をおいた。 その人たちの名前を、そこの給仕長か執事か、あるいはドアマンか(さもなければ、 いったい、何だったのだろう)が、わたしにすべて教えてくれた。 その人物は、その作家たちの作品を全部読んでいるらしい。とても貴族的で威厳に みちていて、まるで文書記録保管所のお役人のようだった。その人が、この歴史的な 御殿全体を案内してくれた。図書室、読書室、古い金属彫刻、暖房つきの化粧室、浴 室、由緒ある肘かけ椅子、紳士がたの喫煙用サロン、書き物をしたり喫煙したりする 別のサロン、喫煙したり物を読んだりするもう一つのサロン。どこへ行っても、名誉と 古い肘かけ椅子の匂いが漂っている。

わが国の伝統は、こんなに古い、同時に座り心地のよい安楽椅子の上には置かれ ていない。座るべきものがないので、伝統は宙に浮いてしまっているのだ。そんなこと を考えたのは、由緒ある椅子の一つに座る名誉を与えられたときだった。わたしに とっては、少しばかり歴史的な固苦しい出来事だったが、その点を除けば、まったく座 り心地のよいものであった。 わたしは、そのあたりにいる歴史的人物たちを、それとなくのぞいてみた。その人た ちの一部は壁にかかっており、一部は安楽椅子に身を沈めて、『パンチ』誌や紳士録 を読んでいた。誰もひとこともしゃべらず、ほんとうに威厳にみちている。わが国も、こ のように沈黙にみちた場所を持つべきである。一人の紳士が、二本のステッキをつい て部屋の中をとぼとぼと歩いているが、「すばらしい格好だよ」などと悪意にみちたこ とを口にする者は、誰もいない。別の人物は新聞にすっかり埋没して(その顔は見え ない)、誰かと政治について語ろうなどという、強い必要は感じていないようだ。 ヨーロッパ大陸の人たちは、語ることに最大の重要性をおくが、イギリス人は、沈黙 をもって尊しとする。このクラブにいる人たちは、全員、王立学士院の会員か、有名人 の死体か、または元大臣たちであるように思えた。誰も、何もしゃべらないのだから。 わたしが入ってきたときも、誰もわたしのことを見なかったし、出てきたときも、誰も ふり向かなかった。つい声を立てて笑ってしまうという不始末をしでかした。それでも、 誰もわたしのほうをふり向かなかった。」

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気取った英国人気質が想像できます
posted by Fukutake at 08:11| 日記