2021年04月08日

三島由紀夫の健康法

「生きる意味を問う」 三島由紀夫 大和出版 

私の健康 p47〜

 「日常の健康法

 十分な睡眠 未だかつて睡眠薬というものを使ったことがない。床に入れば、よほどのことがない限り、間もなく眠りに入る。しかし就寝儀式があり、左を下にして床に入り、二、三分のち、右へ寝返って眠る。自分のベッド、自分の枕が大切。尤も私の睡眠時間は午前五時ごろから午後一時ごろまで略八時間で、過去十何年の習慣だから治らない。仕事のない日に早く眠ろうと思っても、そうは行かぬ。これは慢性不眠症というのかもしれぬが、午前中の眠りは深く、ジェット機が屋根スレスレに飛ぼうが、気がついたことがない。

 日光浴 一年を通じ、十二月だろうが、一月だろうが、快晴なら、裸で、庭のテラスで朝食をとる。鳥肌が立ったって、かまうことじゃない。風邪は過労からひくものであって、寒さは風邪とは関係がない。
 スポーツ 一週二、三回ボディ・ビル、一回は必ず剣道。ボディ・ビルだけでは、体がコチコチになり鈍重になるような気がするので、週一回は剣道をやって体をほぐしスピードをつけ、汗を滝のごとく流す。冬でも水を浴びる。冬でも下着はブリーフ一枚。

 食事 朝はハーフ・グレイプフルート、フライド・エッグズ、トースト、ホワイト・コーヒー等。朝食は午後二時ごろ。午後七時か八時に昼食。週に最低三回は360グラム見当のビフテキを欠かさない。つけあわせには、じゃがいも、玉蜀黍(とうもろこし)、それからサラダを馬のごとく喰べる。夜中に夕食。これは軽い茶漬風のもの。仕事の前だから、あまり重いものは食べない。
 酒・煙草 酒は家ではほとんど呑まない。外でもお付合程度。煙草はピースを一日3箱位。油っこい洋食のあとでは、葉巻がもっと旨い。
 煙草は朝食後でなくては吸わない。酒は日本料理なら日本酒、西洋料理なら葡萄酒。カクテルは悪酔いするからあまり呑まない。ビールはあまり呑みすぎると、睡眠を妨げるから好まない。運動のあとの酒は、おいしいに決まっているが、たちまち全身を廻って眠くなり、夜の仕事の妨げになるから、運動のあとは概してレモン・スカッシュ程度。
 酔いすぎたあとは、暑い番茶をガブガブ呑んで、急速に酔いをさまし、仕事にかかる。
 藥 注射は大きらい。薬も原則嚥まない。

 例外は、毎朝食後アメリカ製の、何やらゴチャゴチャいろんなものが入ったビタミン錠剤を嚥む。これを嚥んでいるところを見たアメリカ人が、ビタミン剤なんて野蛮人の嚥むものだと軽蔑し、It’s killing you と言った。しかし、また私はこうして生きている。薬を使わないため、喰べすぎて胃が重たくなったときは、古代ローマ人の習俗をまねて、咽喉の奥へ指をつっこんで(ローマ人は鵞鳥の羽根を使ったらしいが)、余計なものをみんな吐出してしまう。

 風邪らしいときは、大厚着して、薬缶に一杯、暑い番茶をガブガブのみ、全身に発汗して治す。
 お腹をこわしたときは、こわした瞬間に忘れることにして、ビフテキだろうが、何だろうが、平常と同じものを喰べる。すると、あくる日は治る。
 頭痛はかつてしたことなし。
 仕事 これが私の健康法の核心をなすもの。自分の体力以上の仕事を決して引受けず、自分のペースを乱さないこと。」


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ここまでくれば、ある意味見事。
posted by Fukutake at 08:37| 日記