2021年03月22日

相手の利を説く

「戦国策」 近藤光男  講談社学術文庫 2005年

出兵の催促 p84〜

 「秦と魏とが同盟国となった。斉・楚は盟約を結んで魏を攻めようとした。魏は使いを出して秦に救援を求めさせ、その使者は、かむる冠も、乗る車の蓋も、互いに望見できるほどに相継いで送られたが、秦の救援軍は出されなかった。そのとき魏の人で唐且という者、歳は九十を超えていたが、魏王に、「老臣が、西の方秦に説いて、私が帰るより先に秦の軍が出されるようにさせていただきましょう。よろしいでしょうか」と言った。魏王は「ありがたく、お受けしよう」と言い、車を調えて派遣した。唐且が秦王にまみえると、秦王は言った。「御老体には、はるばるここまでおいでいただいて、たいそうお疲れのようす、誠に御苦労である。魏からはたびたび救いを求めて来ているので、私には魏の危急がよく分かっている」と。

 唐且は答えて言った。「大王がすでに魏の危急を御存知でありながら、救援部隊が着きませんのは、大王のもとで策謀を巡らし奉る臣下に、その任に耐える人がいないからです。魏がりっぱに万乗の国の一つでありながら、秦の東の藩屏と称し、秦の衣冠束帯の制度を受け、春秋に貢物をささげて秦の祭祀を助けておりますのは、秦の強さが同盟国とするに足ると思ってのことでございます。いま、斉・楚の軍は、すでに魏の郊外におりますのに、大王の援軍は参りません。魏が危急になれば、土地を割譲して斉・楚と盟約を結ぶことになりましょう。王がそうなってからお救いになろうとしても、間に合うものではありません。それには一つの万乗の国、魏をお失いになり、しかも二つの敵国、斉・楚を強くしておやりになることです。失礼ながら、大王のもとの策謀の臣に、その任に耐える人がいないのだと思います。」

 秦王は危険に気づいて思わずため息をつき、急遽、援軍を出動させ、夜を日に継いで魏へと向かわせた。斉・楚はそれを聞いて、やむなく兵を撤して帰った。魏の国が平穏な状態にもどったのは、唐且の遊説あってなのである。
(三五四 魏下 安釐王 4)

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相手の利を説く。
posted by Fukutake at 08:14| 日記