「三島由紀夫全集 34 評論 X」 新潮社 1976年
私の中の二十五年
「私の中の二十五年を考へると、その空虚さに今さらびつくりする。 私はほとんど「生きた」とはいへない。鼻をつまみながら通りすぎたの だ。 二十五年前に私が憎んだものは、多少形を變ヘはしたが、今もあひか はらずしぶとく生き永らへてゐる。生き永らへてゐるどころか、おどろ くべき繁殖力で日本中に完全に浸透してしまつた。それは戦後民主主義 とそこから生ずる僞善といふおそるべきバチルス*である。 こんな偽善と詐術は、アメリカの占領と共に終はるだらう、と考へて ゐた私はずいぶん甘かつた。おどろくべきことには、日本人は自ら進ん で、それを自分の體質とすることを選んだのである。政治も、経済も、 社会も、文化ですら。 私は昭和二十年から三十二年ごろまで、大人しい藝術至上主義者だと 思はれてゐた。私はただ冷笑してゐたのだ。或る種のひよわな青年は、 抵抗の方法として冷笑しか知らないのである。そのうちに私は、自分の 冷笑・自分のシニシズム*に對してこそ戰はなければならない、と感じ るやうになつた。 この二十五年間、認識は私に不幸をしかもたらさなかつた。私の幸福 はすべて別の源泉から汲まれたものである。
(中略)
私はこの二十五年間に多くの友を得、多くの友を失つた。原因はすべ
て私のわがままに據る。私には寛厚といふ徳が缺けてをり、果ては上田
秋成や平賀源内のやうになるのがオチであらう。
自分では十分俗悪で、山氣もありすぎるほどあるのに、どうして「俗
に遊ぶ」といふ境地になれないか、われとわが心を疑つてゐる。私は人
生をほとんど愛さない。いつも風車を相手に戰つてゐるのが、一體、人
生を愛するといふことであるかどうか。
二十五年間に希望を一つ一つ失つて、もはや行き着く先が見えてしま
つたやうな今日でも、その幾多の希望がいかに空疎で、いかに俗悪で、
しかも希望に要したエネルギーがいかに厖大であつたかに唖然とする。
これだけのエネルギーを絶望に使つてゐたら、もう少しどうにかなつて
ゐたのではないか。
私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま
行つたら「日本」はなくなつてしまふのではないかといふ感を日ましに
深くする。日本はなくなつて、その代はりに、無機的な、からつぽな、
ニュートラルな、中間色の、富裕な。抜け目がない、或る経済的大國が
極東の一角に残るのであらう。それでもいいと思つてゐる人たちと、私
は口をきく氣にもなれなくなつてゐるのである。」
バチルス* ばい菌
シニシズム* 犬儒的。社会規範を蔑視し、与えらたものだけで満足する 犬のような生活を理想とする生き方。
(初出)果たし得てゐない約束「サンケイ新聞・昭和四十五年七月七 日」
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