「アランの幸福論」 アラン
ディスカヴァー・トウェンティーワン 2007年
兵士としての隷従 p125〜
「戦争の三年間、民間人としての隷従よりも兵士としての隷従を選ぶようにわたしに決意させたのは、好奇心を別にすれば、愚者どもがふたたび幅をきかせるだろうという、わたしが当初からいだいた思いだった。かの大きな不幸の第一日目から、僧侶たちは舗石のあいだにから姿を現わしてくるらしかった。だが、それはまだ、たいした不幸ではなかった。力ずくで僧侶たちの教説に引きもどされてしまったとしても、まだそれを利用することはできたのだから。人間の発達段階のひとつだったその教説のうちになら、あらゆる人間の思考はまあまあ居心地のよい牢獄を自分のためにつくり出すことができるのだ。ところがわれわれは、もっとはるかに悪いことに出会わねばならなかったのである。体制的な考え方が警察によって規制され監視されるようになると、その体制的な考え方は、平均的警官の水準まで落ちざるをえなかった。この種の下役は、あらゆる時代にきわめて役に立つ存在だが、言葉をよく吟味する習慣を持たないから、うわべだけの意見を適当にまとってみせることも許されなかった。政治家や文学者は、彼らの言説において、なにひとつ注目を惹くようなことはそぶりにも見せてはならぬという条件に服したのである。なぜなら、秩序を確保する手先どもにとっては、注目と嫌疑とはおなじものだからだ。この結果、ある人間たちは低められ、別の人間たちは高められた。これが愚者たちの支配とわたしが呼ぶものだ。このような世論の警察が必要だったかどうかについては、ここで検討したくない。戦争の遂行がこのようなとりわけ非人間的な結果をもたらすということは、けっして意外とされるべきではない。精神の奴隷より肉体の奴隷の方がましだと考えて、わたしは軍隊に逃げ込んだのだ。
この決断は正しかったし。わたしは一度もそれを後悔したことはない。苛酷な行動は、それがいかなる虚言も、さらには、いかなる判断の誤りも許さないという点でつねに好ましいものだ。力のみが役割を演じていたかの辺境においては、偽善は息絶えた。目的は有無を言わさぬものだったが、判断はそのなかで自由を見出していた。当然の結果として、暇なときの思考も健全なものだった。無学な多くの者たちが、長い不寝番の折など、月の運行や、星々の不動のたたずまいや、いちばんよく見える惑星たちの動きにまで興味をいだいた。言説そのものも、おなじように、歯切れのいい、率直なものになった。…」
------
治安(検閲、自粛etc)警察という名の愚者支配からの兵役遁走
他のブログを見る : http://busi-tem.sblo.jp
2021年03月01日
平時の欺瞞、戦争の真実
posted by Fukutake at 09:51| 日記