2021年01月31日

九条

「問題提起(日本國憲法)」 三島由紀夫  「三島由紀夫全集34」
  新潮社 1975

「戰争の放棄」について p324〜
 「…ありていに言つて、第九條は敗戦國日本の戰勝國に對する詫證文であり、この詫證文の成立が、日本側の自發的意志であるか米側の強制によるかは、もはや大した問題ではない。ただこの條文が、二重三重の念押しをからめた誓約の性質を帶るものであり、國家としての存立を危ふくする立場に自らを置くものであることは明らかである。論理的に解すれば、第九條に於いては、自衛權も明白に放棄されており、いかなる形においての戰力の保持も許されず、自衛の戰ひにも交戦權を有しないのである。全く物理的に日本は丸腰でなければならぬのである。
 終戰後食糧管理法によりヤミ食糧の賣買が禁じられてゐた時、一人の廉直な裁判官が、一點も國法に違背しまいとして、配給食糧のみで暮し、つひに榮養失調で死んだ。國法の定めた法に従えば死なねばならぬとなれば、緊急避難の理論によってヤミ食糧を喰べることが正當化されるであらう。しかし、このことは國の定めた法の尊厳を失はせ、實際に執行力を持たぬ無權威を暴露するのみか、法と道徳との裂け目を拡大し、守りえぬ法の存在そのものが、違法を人間性によつて正當化させるのであるから、道徳は法を離れて、人間性の是認に歸着し、人命尊重を最高の道徳理念にするほかはない。しかも、一方、新憲法に於て國家理念を剥奪された日本は、その法の最後の正當性の根據をも亦、「自ら定めた法を破らざるをえぬ」といふ、人間性の要請、人命尊重の緊急避難といふところへ設けざるをえない。
 この裁判官の死は實に戰後の象徴的事件であつて、生きんがためには法を破らざるをえぬことを、國家が大目に見るばかりか、恥も外聞もなく、國家自身が自分の行爲としても大目に見ることになつた。第九條に對する日本政府の態度は正にこれである。第九條のそのままの字句通りの遵法は、「國家として死ぬ」以外にない。しかし死ぬわけには行かないから、しゃにむに、緊急避難の理論によつて正當化を企て、御用學者を動員して牽強付會の説を立てたのである。
 自衛隊は明らかに違憲である。しかもその創設は、新憲法を與へたアメリカ自身の、その後の國際政治状態の變化による要請に基づくものである。朝鮮戦争下のアメリカは、たしかに憲法改正を敢えてしても、日本の自衛隊の海外派兵を望んだであらう。しかるに吉田内閣は、ここにいたつて新憲法を抵抗のカセとして、經済的自立の急務を説いて、防衛問題からアメリカの目を外らせたのである。これが今日、日本の未曾有の經済的繁栄、一方ヴェトナム戰爭の進展により、アメリカの孤立主義的世論の強まり、これから来る「アジア人をしてアジア人と戰はしめよ」といふ新しい軍事政策の展開、これに對する日本の「自主防衛」といふ迎合的遁辞、又一方では、日本の「軍國主義化」に對する諸外國の猜疑等、諸々の要因が簇出していることは周知のとほりである。…」

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自衛隊は違憲。では…。


posted by Fukutake at 08:03| 日記

2021年01月30日

ラテン趣味

「わが室内装飾」 三島由紀夫 「三島由紀夫全集30」
 新潮社 1975年
 
p192〜
 「私はもともとラテン・アメリカの家が好きである。
 白い壁の室内、タイルの床、おそろしいほど高い天井、フランス窓、熱帯植物、外にはいつも烈しい太陽の光りが逆巻いてゐる。日本では光線からしてちがふから、そのままには行かず、スペイン風の内庭(パチオ)も、多雨の日本では不衛生だと思はれるので断念したほどで、家々のファサードを飾るポルトガル傳来のタイル細工も、家の寸法にあわせて注文することは不可能であるし、ニュー・オルリーンズ風の鋳鉄のレエス・バルコニイも、日本での入手は不可能である。(アメリカなら通信販売でも買へるのだが。)そんなわけで、これほどガムシャラに目的に邁進しても、まだ理想からは遠く、断念したもののはうが多いのである。
 そこで出来上がった家に合わせて、せめて室内装飾でもスペイン風にしようと、この前の夫婦連れの旅行のとき、家の隅々の寸法を精密にとつて行つて、それに合わせて、家具などを買って来た。殊にスペインでは買物魔になつた。
 スパニッシュ・バロックはゴテゴテ趣味の最たるもので、これは殊に日本では同感の人を求めることがむづかしいだろう。しかし、一例が、私共の買つてきた純バロックの金ピカの一対の聖画の額は、白壁にまことによく合ふのである。このごろ、新しいビルなどでも、どんな壁の色が仕事の能率を上げるかとか、疲労度を増すかとか、研究が進んでゐるやうだが、私は人間の神経は、壁に色によつて左右されるほどヤハなものである筈がない。いや、あるべきでない、といふ考である、又、椅子一つでも、むやみと快適な角度や柔らかさが重要視されてゐるやうだが、私は背の直立した固い椅子ほど、健康によい、といふ考へである。ロココの家具などは、今出来のフハフハ椅子なんかより、西式健康法にマッチしているのではないか。
 私はこのごろいやにシブイ室内装飾を見るたびに、日本の中世以降の衰弱した趣味とアメリカの最先端の趣味の衰弱とがうまく握手したやうな気がするのだが、一例が中世の金閣寺でも、今日焼亡後再建されて、みんなから悪趣味だといはれてゐるあの「新しい金色」の姿で、「美しい」と思はれてゐたのである。日本人の美学は、金ピカ趣味を失ってから衰弱してきた、といふのが私の考へである。従って、私の室内装飾は、金ピカ趣味一点張りになつた。そしてそれに合ふものが日本では求めがたいから、外国で買つたまでであつて、日本の家具商は、もつといろんなスタイルを取り揃えなくては、日本の西洋式室内装飾は面白くならない。どうして日本といふところは、一例が、ボート・ネックのシャツがはやつた年には、どこの店に入つても、ボート・ネックのシャツしか見当たらないやうになるのであるか。
 装飾品にはつとめて対のものを置くやうにすること、壁面は余白を少なくして大きくなるたけシンメトリカルに飾ること、色は金・白・緋・紫などを基調にすること、見てゐるうちに目はチカチカ頭はカッカしてくるやうな具合に装飾すること、……これが私のプランであり、大略そのやうな成果を得たと自負してゐる。」
(<初出>別冊婦人公論・昭和三十七年一月二十五日)

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posted by Fukutake at 09:32| 日記

2021年01月28日

神隠し

「山の人生」柳田國男 (柳田國男コレクション)
  角川ソフィア文庫 2013年

「神隠しに遭いやすき気質あるかと思うこと」p38〜

 「変態心理の中村古峡君なども、かつて奥州七戸辺の実例について、調査をせられたことがあった。神に隠されるような子供には、何かその前から他の児童と、ややちがった気質があるか否か。これが将来の興味ある問題であるが、私はあると思っている。そうして私自身なども、隠されやすい方の子供であったかと考える。ただし幸いにしてもう無事に年を取ってしまって、そういう心配は完全になくなった。
 私の村は県道に沿うた町並みで、山も近くにあるほんの丘陵であったが、西に川筋が通って奥在所は深く、やはりグヒンサン*の話の多い地方であった。私は耳が早くて怖い噂を沢山に記憶している児童であった。七つの歳であったが、筋向いの家に湯に招かれて、秋の夜の八時過ぎ、母より一足先にその家の戸口を出ると、不意に頰冠りした屈強な男が、横合いから出て来て私を引っ抱え、とっとと走る。怖ろしさの行き止まりで、声を立てるだけの力もなかった。それが私の門まで来ると、くぐり戸の脇に私をおろして、すぐに見えなくなったのである。もちろん近所の青年の悪戯で、後にはおおよそ心当たりも付いたが、その男は私の母が怒るのを恐れてか、断じて知らぬとどこまでも主張して、結局その事件は不可思議に終わった。宅ではとにかく大問題であった。多分私の眼の色がこの刺激のために、すっかり変わっていたからであろうと想像する。
 それからまた三、四年の後、母と弟二人と茸狩りに行ったことがある。遠くから常に見ている小山であったが、山の向こうの谷の暗い淋しい池があって、しばらくその岸へ下りて休んだ。夕日になってから再び茸をさがしながら、同じ山を越えて元登った方の山の口へ来たと思ったら、どんな風にあるいたものか、また同じ淋しい池の岸へ戻って来てしまったのである。その時も茫としたような気がしたが、えらい声で母親がどなるのでたちまち普通の心持ちになった。この時の私がもし一人であったら、恐らくはまた一つの神隠しの例を残したことと思っている。」
グヒンサン*:(大)天狗、人を化かす者。

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少年期には、多少なりともそういうことが起こりがちですね。
posted by Fukutake at 12:26| 日記