2020年12月24日

その苦しみに意味はあるか。

「死を求める人びと」 ベルト・カイゼル 畔上 司(訳)
  角川春樹事務所 1998年

 クルート病 p75〜
 「テイス(・クルート)はこのところ、病気を利用して有名人になってやろうと思い込んでいる。死ぬ前に、恨みに思う人間を殺してやろう。そうしたら、新聞に「ALS患者が三人を殺害!」と大見出しがのるだろう。そんなことを夢想している。彼が殺したいのは、高校の同級生たちだ。彼をいじめた連中なのだろう。
 彼はあれこれ夢想しては楽しんでいる。その衰えた筋肉でも人を刺し殺す力が残っているかどうか、彼はとつおいつ思案する。殺す相手の住所も問題だ。当然、相手は元の住所にはいない。ピストルでやったほうがいいだろうか?引き金を引く力なら、まだ充分残っている。だが、銃の反動が強すぎて的をはずしてしまったら?
 もう限界だ。彼のおしゃべりをやめさせるしかない。「レーザー銃か手投げ式の中性子爆弾でも借りてくるんだね、どっちも音はしないよ。それから。アフターサービスとして精神科医をタダでつけてくれませんかってきいてみるんだね」
 彼はセンセーショナルな事件を起こしたいのだ。重症のALS患者がそれほどの重罪を犯した快挙記念として、世間がALSのことを<クルート病>と呼んでくれる日が来るのを待望しているのだ。
「彼のほうが改名したっていいのよ、もちろん」これはミーケの簡潔なアドバイス。
「でもルー・ゲーリックはそれに成功したんだよ」とテイスは力説する。彼によれば、例の野球選手ルー・ゲーリックは一九四一年にALSで死亡したため、この病気はルー・ゲーリック病とも呼ばれるようになった。
「だけど、最後の瞬間には警察にきみを突きだすからね。そこに妖精があらわれて、『いいことをしたごほうびに、ALSの新名称をつけさせてあげよう』といったら、ぼくは『準頽廃症』って答えるね。でも、もう本当に寝る時間だよ」
「ぼくの言葉を本気にしていないんだろう?」彼がたずねる。
「どうして?」
「ルー・ゲーリックの話は本当だからね」
 彼の、「ぼくは何だってできる。どっちみち長い間ぶちこまれたりはしないんだ。あと一年の命なんだ」という言葉に不安を覚える。これから冗談に紛らせて思いとどまらせられるか、それは大いに問題だ。…」

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自分がどんなに苦しんだか、その苦しみに何か意義を与えたいという欲求。
posted by Fukutake at 08:23| 日記

死者の魂

「遠野物語 山の人生」 柳田国男 著 岩波文庫

p55〜
 「八六
 土淵村の中央にて役場小学校などのあるところを字本宿という。此所に豆腐屋を業とする政という者。今三十六七なるべし。この人の父大病にて死なんとするころ、この村と小烏瀬川を隔てたる字下栃内に普請ありて、地固めの堂突をなすところへ、夕方に政の父ひとり来たりて人々に挨拶をし、おれも堂突をなすべしとて暫時仲間に入りて仕事をなし、やや暗くなりて皆ともともに帰りたり。あとにて人々あの人は大病のはずなるにと少し不思議に思いしが、後に聞けばその日亡くなりたりとのことなり。人々悔やみに行き今日のことを語りしが、その時刻はあたかも病人が息を引き取らんとするころなりき。」

 「八七
 人の名は忘れたれど、遠野の町の豪家にて、主人大煩いして命の境に臨みしころ、ある日ふと菩提寺に訪(おとな)い来たれり。和尚鄭重にあしらい茶などすすめたり。世間話をしてやがて帰らんとする様子に少々不審あれば、跡より小僧を見せに遣りしに、門を出でて家の方に向かい、町の角を廻りて見えずなれり。その道にてこの人逢いたる人まだほかにもあり。誰にもよく挨拶して常の体なりしが、この晩に死去してもちろんその時は外出などすべき様態にてはあらざりしなり。後に寺にては茶は飲みたりや否やと茶碗置きしところを改めしに、畳の敷合わせへ皆こぼしてありたり。」


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posted by Fukutake at 08:20| 日記