2020年12月07日

武力を使わずに征服するには

「六韜」 林富士馬 訳  中公文庫 2005年

第二巻 武韜  第十五 文伐(文をもって人を伐つ)p70〜
「文王が太公望に質問した。
「武力を行使しないで敵を征服するにはどうしたらよいであろうか」
太公望が答えた。「おおよそ十二の方法が考えられます。第一には、敵国が望むままに、その意志に順応して争わないことです。そうすれば相手はかならず驕慢を生じ、きっと国内に不祥事が起こるでありましょう。それにつけ込んで計略をめぐらせば、敵を取り除くことができます。第二に、国王の寵臣に近づいて親しみ、寵臣の権力を君主と二分させ、一人の臣下が敵と味方とのおのおのに心を寄せるようなことになれば、その国はきっと衰えるでありましょう。朝廷に忠臣がいなければ国家はかならず危うくなります。第三に、ひそかに国王の近臣に賄賂を贈り、その近臣の情を買収しておけば、身は敵中にありながら情は当方に寄せているわけですから、その国に害が生じるでありましょう。第四には、君主の淫乱な楽しみを助長させ、その情欲をつのらせ、宝石珠玉を贈り、美人を献じて心を女に傾けさせ、言葉を丁重にして逆らわず、言いなりになって調子を合わせておれば、彼は争うまでもなくみずから滅亡の凶運を招くことになりましょう。第五に、相手の国の忠臣を厚遇し、その君主への贈物を少なくし、使者が来たなら、なるべく長く留めて帰さず、わざとその伝えるところを聞きいれないようにします。そして、代わりの使者を派遣させるようにし、その新しい使者に対しては誠意をもって接し、親しく信頼すれば、相手の国の君主は、前使者を疑い、新使者を信任するでありましょう。その結果、前の使者は不満を持ち、結束はくずれます。この策略を抜かりなく実行することで相手の国をおとしいれることができます。第六に、相手国の内臣を買収懐柔し、在外官吏との間を離開させます。才智ある官吏が外にあってわが国を助け、相手国内に内輪揉めが起こったら、どんな国だって滅亡しないということはないでしょう。第七に、的国王の心を釘づけにし飛躍をとどめようと思うなら、手厚く賄賂を贈りなさい。さらに寵愛している近臣にとりいり、ひそかに買収し、彼らにそれぞれの本業を軽視させるようにし、相手の国の臣へ贈物を重宝を用い、これをきっかけに、なにやかやと相談します。その相談は相手国の利益になる内容です。自国の利益になれば相手はかならず当方を信用します。これを<重親>(親しみを重ねる)といいます。国を支える臣でありながら外国に心を傾けるようでは、その国家はかならず敗れるでありましょう。第九に、相手国の君主を虚栄虚名で褒めあげ、いい気持ちにさせ、その威勢の広大を吹聴して相手に従ったふりをすれば、彼はかならず信用するでありましょう。また、彼の虚栄虚名を褒めあげ、おだてあげるなら、自分はまことに尊い者なのだと思いこみ、いわれるまま聖人を気取り、政治はきわめてなおざりになります。国は滅亡するでありましょう。…」

----
いずれも相手君主の慢心驕慢を誘い、また忠臣を手なずけ、買収し、調略で離反させ滅亡に導くまさにシナ人の考えそうな処世術。
posted by Fukutake at 08:27| 日記

不思議な体験談

「遠野物語」 柳田國男 角川文庫

遠野物語拾遺 154 p131〜
 「この似田貝という人が近衛連隊に入営していた時、同年兵に同じ土淵村から某仁太郎という者が来ていた。仁太郎は逆立ちが得意で夜昼凝っていたが、ある年の夏、六時の起床ラッパが鳴ると起き出でさまに台木にはしって行き、例のごとく逆立ちをしていた。そのうちに、どうしたはずみかに台木からまっさかさまに落ちて気絶したまま、午後の三時頃まで前後不覚であった。後で本人の語るには、木の上で逆立ちをしていた時、妙な調子に逆転したという記憶だけはあるが、その後のことはわからない。ただ平常暇があったら故郷に帰ってみたいと考えていたので、この転倒した瞬間にも故郷に帰ろうと思って、営内を大急ぎで駆け出したが、気ばかりあせって足が進まない。二歩三歩を一跳びにし、後には十歩二十歩を跳躍してはしっても、まだもどかしかったので、いっそ飛んで行こうと思い、地上五尺ばかりの高さを飛び翔って村に帰った。途中のことはよく覚えていないが、村の往来の上を飛んで行くと、ちょうど午(ひる)上がり*だったのであろうか、自分の妻と嫂とが家の前の小川で脛を出して足を洗っているのを見かけた。家に飛び入って常居の炉の横座に坐ると、母が煙管で煙草を喫いつつ笑顔を作って自分を見まもっていた。だが、せっかく帰宅して見ても、大したもてなしもない。やはり兵営に帰った方が良いと思いついて、また家を飛び出し、東京の兵営に戻って、自分の班室に駆け込んだと思う時、薬剤の匂いが鼻を打って目が覚めた。見れば軍医や看護卒、あるいは同僚の者たちが大勢で自分を取り巻き、気がついたか、しっかりせよなどといっているところであった。その後一週間ほどするうちに病気は本復したが、気絶している間に奥州の実家まで往復したことが気にかかってならない。あるいはこれがオクマ*ということではないかと思い、その時の様子をこまごまと書いて家に送った。するとその手紙とは行き違いに家の方からも便りが来た。某日の昼頃に妻や嫂が川戸で足を洗っていると、そこへ白い服を着た仁太郎が飛ぶようにして帰って来て家に駆け込んで横座に坐ったと思うとたちまち見えなくなった。こんなことのあるのは何か変事が起こったためではないかと案じてよこした手紙であったという。なんでも日露戦争頃のことだそうである。」

午上がり(昼あがり)* : 昼食のために仕事を一時休むこと。
オマク* : 生者や死者の思いが凝って出歩く姿が見えることをいい、オネキとも。
-------
なぜか、不思議なよい話です。
posted by Fukutake at 08:25| 日記