2020年12月03日

東方見聞録

「諸国尽くし」荒俣宏(編)東洋文庫ふしぎの国3より 平凡社 1989年

 マルコポーロ「東方見聞録」より
チバング p148〜
 「チパング諸島に住む偶像教徒は、マンジやカタイの偶像教徒と同じ系統に属しており、その奉ずる所も同様に、牛・豚・犬・羊その他の動物の頭をした偶像である。一頭にして四面の偶像もあれば、本来の首に加えて両肩の上にもう一つずつの首をそなえた三頭の偶像もある。腕が四本もしくは十本・千本もある偶像すらあって、特に千手を具した偶像は最高の地位を占める。この偶像に対する彼等の祈りは、この上もなく敬虔である。キリスト教徒が彼等に向かって、なぜこんなにさまざまな偶像を作るのかと質問すると、その答えはこうである。
「祖先以来こういう形で伝来されてきました。我々も、このままでこれを子々孫に伝えるつもりでいます」
 偶像教徒の生活は全く荒唐無稽と悪魔の術との連続であって、その詳細を耳にすることはキリスト教徒にとって重い罪劫にすらなるものだから、本書では縷説すべきでないと考える。偶像教徒の話はこの辺で中止し、話題をほかに変えるとしよう。
 しかしこの一事だけは是非とも知っておいてもらいたいからお話するが、チパング諸島の偶像教徒は、自分たちの仲間でない人間を捕虜にした場合、もしその捕虜が身代金を支払いえなければ、彼等はその友人・親戚のすべてに「どうかおいで下さい。わが家でいっしょに会食しましょう」と招待状を発し、かの捕虜を殺して −−むろんそれを料理してであるが −−皆でその肉を会食する。彼等は人肉がどの肉よりましてうまいと考えているのである。
 さて偶像教徒について述べるのはこれくらいにとどめ、本題に戻ることにしよう。チパング諸島が散在している海面を<チン海>と称するが、これはチパングの言語でチンとはマンジのことだから、マンジに面した海という意味である。この海を航行しなれて事情によく通じた老練な水夫や水先案内人の話では、この海域には七四四八の島々があって、その大部分に人が住まっているとのことである。更にまたこれらの島々に生えている木々は、いずれも強い芳香を放ちすこぶる貴重な香木であって、たとえば沈香その他に比べても決して劣らぬ高価なものである。そのうえ更に種々の香料もまた多量に産出し、黒胡椒はもとよりのこと、雪のような白胡椒も豊富なのである。黄金をはじめとするさまざまな奇貨異物の産額も、これまた驚くばかりの巨額である。…」

------
チパングは遠きにありて想うもの。
posted by Fukutake at 14:50| 日記

困窮する漱石

「漱石追想」 十川信介 編 記憶のなかの漱石 岩波文庫 2016年

長尾半平(談) ロンドン時代の夏目さん p60〜

 「私が夏目さんと知り合いになったのは、ロンドン滞在中のこと。当時夏目さんは、文部省から送って来る僅少な学費で暮らしていたが、その学費も大半は書籍を買うのに費されて、その残額で暮らしているというような有様で、実際気の毒な位貧乏な暮らしをしておられた。之に反して、私は当時台湾総督だった後藤新平さんの命で、時間や金の制限なしに来ていたから、比較的経済上余裕があり、はじめはホテルにいたが、後、その下宿(夏目さんの下宿)の近所に知り合いがあったので、そこに移った。夏目さんに比べては、非常に贅沢な暮らしをしていた。又、私の室は居室の外にパーラーもあるという風で、私はよく部屋着の絹製のガウンを着て、ソファーにより、本など読んでいたが、そんな時、夏目さんは、いかにも呑気そうに「今、お暇だね」などと云いながら入って来て、話をするという風であった。
 或る時、夏目さんが金を貸してくれというので、いくら位だいと問ねたところ、「まア二十ポンドばかり」というので、その時夏目さんがいかにも呑気なので、私はぶしつけに「一体その金は返してくれるんだか、それとも君にやるんだか」と問ねたところ、夏目さんはいかにも悠長に「いやァ、返すんだよ」といって、結局その時、二十ポンド*程、夏目さんに貸したようなわけである。ところが、後、日本に帰ってから、私は英国の紙幣や金貨を記念旁々相当たくさん持ち帰ったが、多少贅沢に暮らして、一寸出かけるにもすぐ二人曳きの俥という風な生活をしたので、記念にするつもりでいた紙幣金貨を忽ち使い果たしてしまった。そんな時、或る日偶然途中で夏目さんに会ったが、その時、夏目さんが「アア君には金を返さなければならなかったね」というので、「イヤどうでもよいが、今君はそんな余裕があるのか」と問ねたところ、「ウム。今は一寸余裕があるから」というので、多少私も困っていた際なので「そんなら…」といったところ、すぐその翌日金を持って来て返してくれたような次第で、呑気なように見えて、その実非常に几帳面なところがあったように思う。」

二十ポンド*:今の一五〜二〇万円ほどか。(20世紀初頭)
-----
ロンドンでの困窮生活がしのばれます。
posted by Fukutake at 14:44| 日記