2020年10月12日

骨董

「真贋」 小林秀雄 世界文化社 2000年

 真贋 p25〜
 「… 最近、友人の或る商売人のところへ、アメリカ人が品物を見て欲しいと言って来た。一見して明らかな贋物なので、その由を言うと、客は納得せず博物館の鑑定書を見せた。これには弱ったが、咄嗟の機転で、近頃鑑定書にもニセ物が多いと言うと了解して還ったそうである。勿論、私は専門家の鑑定の誤りを笑いはしない。それは情けを知らぬ愚かな事だ。ただ品物は勝手な世渡りをするもので、博物館に行って素性が露見するという一見普通の順序は踏むものではないと言うまでだ。一流の店にはニセ物は並んでやしない。これは無論道義上の理由からで、悪心なぞ起こしては一流の商売は決して成り立たぬからであって、何も主人の鑑定眼の万能を語るものではない。物のはずみで掴んだ品物が、奥の方で客の眼に触れず、再び物のはずみで明るみに出るまで腐っているのが普通である。商売人達は、欲が出るからいけませんと申し合わせた様に弁解するが、欲は彼等の魂の中心にある。研究者には欲はないが、美は不安定な鑑賞のうちにしか生きていないから、研究には適さない。従って研究心が欲の様に邪魔になることもある。
 私は、近頃書画骨董に対して、先ず大体のところ平常心を失うような事はない。もっと適切な言葉では言えば、狐は落ちたのである。友人に青山二郎というのがいて、これは子供の時から焼き物が好きな御蔭で、中学も卒業できなかったという男で、それが私に焼き物を教えた。或る時、鎌倉で、呉須赤絵の見事な大皿を見付けて買った。初めての買物で、呉須赤絵がどうこういう知識もあろう筈はなく、ただ胸をドキドキさせて持ち還り、東京で青山に話すと、図柄や値段を聞いただけで、馬鹿と言った。見る必要もないと言う。そんな生ま殺しの様な事で得心出来ないから、無理に鎌倉まで連れ出したら、思った通りの代物だと言った。日頃、文学の話ではいつも彼を凹ませているので、この時とばかり思ったらしく、さんざん油を絞った挙句、するなと言う独り歩きを生意気にやるからこういうことになる。鑑定料に支那料理でもおごれ、と横浜の南京町まで連れて行き、焼き物だと思って見くびるな、こら、といい機嫌で還って行った。…」

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皿は結果、本物であった。
posted by Fukutake at 09:06| 日記

江戸の寒冷期

「良寛詩集」 入矢義高 訳注 東洋文庫 2006年

(訳文のみ)p224〜
 「<伊勢への旅に雨に悩まされて>
 私が京都を出で立ってから
 指折り数えると十二日の間
 一日も雨の降らぬ日とてなかった
 どうして物思うことなしでおられよう
 かりがねは濡れた翼がさぞ重かろう
 桃の花は雨に打たれて赤い花びらは垂れるばかり
 朝には船頭も渡し場を見失い
 暮れには道行く人も分かれ道に迷う
 私の旅はまだ果てることはなく
 首を延ばして望み見ては、はたと眉をひそめる
 さても去年の秋には
 吹き始めた風が三日も続いて
 道のそばの喬木は根こそぎにされ
 いばらは雲の中まで吹き上げられた
 このために米の値まで騰貴したのだったが
 今年の春はまたもや同じ成りゆきだ
 この成りゆきがもし止まらねば 
 さて民百姓の難儀をどうしたものか」

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天保の頃の飢饉の兆しか。(天保の大飢饉 1833〜1837)

posted by Fukutake at 09:04| 日記