2020年10月13日

舎人の一発

「今昔物語・宇治拾遺物語 − 説話集が伝える人生の面白さ−」
  古山高麗雄 野坂昭如 世界文化社 2007年

 近衛の舎人が一発はなった話 p56〜

 「むかし、左近の将曹*(さかん)で秦武員(はたのたけかず)という近衛の舎人がいた。
 禅林寺*の僧正の御壇所*(ごだんしょ)へ参ったときのことである。僧正は武員を僧房に招じて話をしていたのであったが、長時間、僧正の前に坐っているうちに、武員はあやまって、音高く、一発落としてしまったのである。
 僧正もその音を聞いた。御前に伺候していた僧たちも。みんな、その音を聞いた。しかし、僧正も無言、僧たちも無言、わずかにただ互いに顔を見合わせるばかりであった。
 しばらくして、武員は両手を開き、その手で顔を覆って、「ああ、死にそうでござる」
 その声につれて、伺候していた僧たちが、一斉にどっと笑いだした。その笑いにまぎれて、武員は、逃げ出したのである。
 爾来、武員は、久しく僧正の所にあらわれなかったということだが、放屁なるもの、音を聞いたとたんに笑わなければいけない。あとでゆっくり話に出したり笑ったりするべきものではない。
 「軽口の巧みな近衛の舎人、武員だからこそ、ああ死にたいなどと、臨機応変のことを言ったのである。地の者なら、ただただむつかしい顔をして、むっつと口を閉ざしているばかりで、見た眼にも気の毒、座も白けるというものだ」
 と、世の武員に対する評判は、悪くなかったそうな。」
(巻二十八・第十) 訳・古山高麗雄

将曹*:近衛府の四等官。兵卒の統率者。
禅林寺*:京都市左京区にある永観堂。
御壇所*:僧侶が集まって学問をする場所。

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吉本芸人にもなれそう。
posted by Fukutake at 11:49| 日記

ホームレスになりたい

「ツチケンモモコラーゲン」 さくらももこx 土屋賢二 集英社 2001年

p131〜
 「ツチヤ よく、例えばホームレスの人を見てああいう何ものにもとらわれないような気軽な生活をしてみたいなと言ったりすることがありますね。
 ももこ 私は軽はずみにそういうふうなことは言わないようにしていますが、たしかにそういうことを言う人はけっこういますね。
 ツチヤ か、軽はずみですよね…。実は、今まで隠していましたが、僕は軽はずみな男なんです。よく、ホームレスになってみたいとか、山奥で木こりの生活をしたいとか。軽々しく考えるんです。「木こり」が何をする人なのか知らないのに。でも「じゃ本当にキミをホームレスにしてやる」とか言われたら、たぶん断ると思うんですよ。
 ももこ そうですね。本当になりたかったら家から出ていけばいいだけですから、まだホームレスになってないんでしょうね。だから私はそういう軽口は叩かないようにしているんです。
 ツチヤ 慎重ですねぇ。ちびまる子ちゃんじゃないみたいだ。よく、鳥になって空を自由に飛びたいという人がいますよね。軽はずみな人が。その人に神様が「じゃ鳥にしてやる」と言ったら、その人は断ると思うんです。ミミズなんかを食べなきゃいけなくなるんだし。つまり僕が言いたいのは、「望んでいる」とか「なりたい」と言っても、本当に望んでいるとはいえない場合があると思うんです。これと同じ例かどうかわかりませんが、精神分析のフロイトが挙げている例だと、長年切望していた地位についたとか、ずっと想っていた相手と結ばれたらさぞ幸福だろうと思うんですけど、実際には、そういう願望がかなったとたんに、ノイローゼになることがあるらしいです。だから「こうなりたい」と思っていても簡単な場合ばかりではないと思うんです。さくらさんはホームレスがちょっとでもうらやましく思えることがありませんか?
 ももこ うらやましいというか、ホームレスになりたくて、なってやるぞという割り切りのうえで楽しく生きている人に対しては生き生きとした力強さを感じますよね。割り切りがあるかないかということって、すごく大事だと思うんですよ。選択したことに後ろを向かないという、そういう気合はホームレスばっかりだったら、本当にホームレスになろうかっていう人がもっと増えるんじゃないでしょうか。また多くの人が思い留まっているのは、そういう生き生きとしたホームレスよりも、オレは本当はこんな人生になりたくなかったのにやってるんだというホームレスのほうが多いかもしれませんね。」

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昔はバタ屋(クズ拾い)に憧れるというのが流行でした。
posted by Fukutake at 11:46| 日記

2020年10月12日

骨董

「真贋」 小林秀雄 世界文化社 2000年

 真贋 p25〜
 「… 最近、友人の或る商売人のところへ、アメリカ人が品物を見て欲しいと言って来た。一見して明らかな贋物なので、その由を言うと、客は納得せず博物館の鑑定書を見せた。これには弱ったが、咄嗟の機転で、近頃鑑定書にもニセ物が多いと言うと了解して還ったそうである。勿論、私は専門家の鑑定の誤りを笑いはしない。それは情けを知らぬ愚かな事だ。ただ品物は勝手な世渡りをするもので、博物館に行って素性が露見するという一見普通の順序は踏むものではないと言うまでだ。一流の店にはニセ物は並んでやしない。これは無論道義上の理由からで、悪心なぞ起こしては一流の商売は決して成り立たぬからであって、何も主人の鑑定眼の万能を語るものではない。物のはずみで掴んだ品物が、奥の方で客の眼に触れず、再び物のはずみで明るみに出るまで腐っているのが普通である。商売人達は、欲が出るからいけませんと申し合わせた様に弁解するが、欲は彼等の魂の中心にある。研究者には欲はないが、美は不安定な鑑賞のうちにしか生きていないから、研究には適さない。従って研究心が欲の様に邪魔になることもある。
 私は、近頃書画骨董に対して、先ず大体のところ平常心を失うような事はない。もっと適切な言葉では言えば、狐は落ちたのである。友人に青山二郎というのがいて、これは子供の時から焼き物が好きな御蔭で、中学も卒業できなかったという男で、それが私に焼き物を教えた。或る時、鎌倉で、呉須赤絵の見事な大皿を見付けて買った。初めての買物で、呉須赤絵がどうこういう知識もあろう筈はなく、ただ胸をドキドキさせて持ち還り、東京で青山に話すと、図柄や値段を聞いただけで、馬鹿と言った。見る必要もないと言う。そんな生ま殺しの様な事で得心出来ないから、無理に鎌倉まで連れ出したら、思った通りの代物だと言った。日頃、文学の話ではいつも彼を凹ませているので、この時とばかり思ったらしく、さんざん油を絞った挙句、するなと言う独り歩きを生意気にやるからこういうことになる。鑑定料に支那料理でもおごれ、と横浜の南京町まで連れて行き、焼き物だと思って見くびるな、こら、といい機嫌で還って行った。…」

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皿は結果、本物であった。
posted by Fukutake at 09:06| 日記