2020年01月07日

杜甫2

「杜甫」 川合康三 岩波新書 2012年
(その2)

兵車行(冒頭部分)
p65〜
 「車轔轔
  馬蕭蕭

 とぎれることなく進む戦車と兵馬の列、…車輪の響きも馬のいななきも、悲しみをさそう音だ。

  行人の弓箭、各おの腰にあり
  耶嬢 妻子 走りて相い送る

 黙々とうつむいて馬のあとに従っているであろう兵卒たち。残される肉親の悲哀な思いがうたわれる。行列を追いかけてくるおやじ、おふくろ、妻、子供。

  塵埃に見えず 咸陽橋
  衣を牽き足を頓し道を欄(さえぎ)りて哭す
  哭声 真(まさ)に上りて雲霄を干(おか)す

一行が立ち上げるほこりに咸陽の橋も見えない。渭水にかかるこの橋は都の境界、ここを渡ればはや異土。家族はなんとか行かせまいとして肉親の兵の服を引っ張りったり、足を踏みならして悲しみをあらわしたり、行軍を止めようと道にたちはだかったり、そんな抵抗をしながら泣き叫ぶ。耳をつんざく慟哭の声は空の雲にまでまっすぐ立ち上がる。

  道旁を過ぐる者 行人に問う
  行人は但だ云う 点行しきりなり

路傍を通りかかった男が兵卒に尋ねる。問われた兵卒はぽつりと言う、「召集ばかり続きます」。男の子すべてをとられたうえに老いたる父親までもがかき集められる。…」

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社会批判が文学として成立しうるためには、文芸になる必要がある。

posted by Fukutake at 10:51| 日記