2020年01月04日

ダーウィンの進化

「ニワトリの歯 上」− 進化論の新地平 − スティーヴン・ジェイ・グールド 
 渡辺政隆/三中信宏 訳 ハヤカワ文庫 1997年

p177〜
 「ダーウィンの没後一〇〇年に当たるいま、われわれが問うべきは、なぜダーウィンはいまもなお科学思想の中心人物たりえているのかということかもしれない。…
 まずわれわれは、彼のことを進化を「発見した」人物としてたたえることができるだろうか。おおかたの意見はこの地位をダーウィンに与えているかもしれないが、しかし、そのような栄誉を彼にさずけることははっきり言って間違いである。なぜなら、生物は形質の由来というきずなで結ばれているというダーウィンと同じ信念を抱いていた傑出した先駆者たちが幾人もいたからである。一九世紀の生物学にあって、進化は、周知の異説だったのである。
 次に問題とすべきは、いまなおダーウィンと同じ科学の世界で注目をあび続けているのは、彼が提出した進化のメカニズム、すなわち自然淘汰がもつ、極めて広範かつ革新的な含意のせいであると言えるかということである。この問題に関して言えば、これまでに出した二冊のエッセイ集のなかですでに私は、三つの論点に的を絞ってこのテーマを一貫して追求してきた。すなわち、自然淘汰は地域的な環境への適応に関する理論であって、たゆまない前進を標榜する理論ではないということ、自然界に見られる秩序は個体間の闘争によって生じた副産物であるとの主張、霊的な力やエネルギーに何かを引き起こすはたらきがあると考えるのをいっさい拒否したことに特によくあらわれているダーウィン理論の唯物論的性格、三点である。私はいまも、このテーマを捨ててはいない。しかし、そのことでは、ダーウィンが世界全体に与えた衝撃は説明できても、ダーウィンがいまだに現代科学とかかわりをもちつづけている最大の理由を説明することはできないことに私は気づいた。彼のテーマはあまりにも雄大であり、科学者が実際に研究を行う際にそのような抽象的な一般論とかかわりあうことはまれだからである。…
 科学において重要視されるアイデアとは、実り多い研究に結びつくものでなければならず、いかに心を引きつけるものであろうとも、経験的な検証にかからない思弁にしか結びつかないものではだめなのである。
 そこで私は、ダーウィンの存在がいまなお重要でありつづけているという第三の論拠を強調したい。それは、ダーウィンの最大の業績は、歴史を再構成しようとする(進化論のような)科学のために実に有益な推論の原理を確立したことにあるという主張である。歴史をあつかう科学には(たとえば実験物理学とくらべると)特有の問題が存在するが、なかでもきわだって重要なのは、科学は観察される結果を生んだ過程を特定しなければならないという問題である。」


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進化の原理
posted by Fukutake at 09:07| 日記