2019年12月06日

リオでの白昼夢

「三島由紀夫紀行文集」 佐藤秀明編 岩波文庫 2018年
(その1)

 ブラジル・リオの路上で

p57〜
 「翌(あく)る朝おそく起きて、私は新鮮なオレンジと、よく肥えた短いバナナを食べた。実においしかった。そして私は案内者をももたずにひとりで街へ散歩に出た。
 日曜日のことで劇場と飲食店をのぞく多くの商店は閉ざしていた。人々は連れ立って映画館の前に堵列していた。私はプラザ・パリスの手前を右折して、人通りのすくない街路に向った。突然坂になって、丘の中腹に重なっている古い住宅地の街路には、ねむの並木のおとす影のほかに、寂然と真夏の日光が充ちているばかりで、人の姿がなかった。
 私は、心理学者がよくその分野に興味をもつ一つの心理現象、一度たしかにここを見たことがあるという、夢の中の記憶のようなものに襲われた。
 門扉はいずれも閉ざされていて、家中が外出をしているとみえて、高台にそそり立つどの家も凝然(じっ)としていた。
 夢の中に突然あらわれるあの都会、人の住まない奇怪な死都のような、錯雑した美しい、静寂をきわめたあの都会、それを私は幼年時代に、よく夏の寝苦しい夜の夢に見たことを思い出した。都会は塔のように重畳とそそり立っていた。その背景の新鮮な夏空の色と雲の色も同じであった。私は自分が今、眠りながらそれを見ているのではないかと疑った。
 このとき痛切な悲哀の念が私を襲った。それもまた夢の中の悲哀に似ていて、説明しがたい、しかも痛切で純粋な悲哀なのである。この現実の瞬間の印象が、帰国ののちには夢の中の印象と等質のものとなること、なぜなら記憶はすべてが等質だから、夢の中の記憶も現実の記憶と等質のものでしかないこと、その記憶の瞬間において、私の観念はまた何度でもリオを訪れリオに存在するかもしれないが、私の肉体は同時に地上の二点を占めることはできないこと、もはや死者が私の中に住むようにしてリオは私の中にすむにすぎないが、もう一度現実にリオを訪れても、この最初の瞬間は二度と甦らぬであろうということ、その点では時がわれわれの存在のすべてであって、空間はわれわれの観念の架空の実質というようなものにすぎないこと、そして地上の秩序は空間の秩序にすぎないこと、… 私はこれらのことをつかのまに雑然と考え、荘子の胡蝶の譬や謡曲邯鄲の主題をあれこれと思いうかべた。」

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まさに三島節。
posted by Fukutake at 12:21| 日記

2019年12月05日

人間としての患者

「レナードの朝 (Awakenings)」オリバー・サックス 春日晶子訳 
 ハヤカワ文庫 2000年
(その2)

P470〜
 「私は患者たちとほぼ七年間ともに過ごしてきたが、それは彼らの人生にとっても私自身の人生にとっても重要な年月だった。七年間という歳月が長い一日のように思えるほどだ。病気の長い夜、朝の目覚め、問題を抱えた真昼、そして今は休息という長い夕暮れ時だ。患者たちもまた人間存在という深く暗い海をわたって不思議な旅をしてきた。彼らは至高天に到達することはできなかったとはいえ、その内の何人かはオデッセウスの故郷、岩多きイタケーの島にたどり着いた。そこは周囲の危険から彼らを守ってくれる家なのだ。
 こうした患者たちは意志や欠陥とは無関係に、人間の存在と苦しみの深き、そしてその限りない可能性を探る使命を負わされた。だが、自ら望んだわけではない十字架の苦しみにも、実りがないわけではなかった。彼らは他者を助け導き、苦痛、看護と治癒の本質についてより深い理解を私たちに与えてくれたのである。自発的なものではないにしろ、私たちに多くを与えてくれた本物の自己犠牲について、患者本人たちも知らないわけではなかった。レナード・Lは自伝の最後に皆の気持ちをこう代弁している。「私は生きたロウソクだ。私が燃えることで人は学んでいく。私の苦しみの炎の中に、新しい物事が見えるんだから」
 私たちの目に始めから終わりまではっきり映り続けるのは、機械的な医学と機械的に世の中を推し量ることがいかに不適切であるかということだ。患者たちは機械的な医学が正しくないことの生きた証であるとともに、生物学的な考え方の生きた手本である。病気や健康、薬への反応に表れているのは、自然の摂理そのものの生けるイメージであり、私たちは常にそれを思い描かなければならない。自然の摂理は、現実のあらゆるところで生き生きと存在している。したがって、私たちが思い描く自然の摂理もまた、現実的で生き生きとしていなければならない。患者たちは、これまで私たちが機械的な技術を発展させすぎ、反対に生物学的な知識や洞察力、直感を欠いてきたことを思い出させてくれる。それらこそ、私たちが最初にとり戻さなければならないものであり、医学のみならずあらゆる科学において必要なことである。」

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生きとし生けるものとしての患者


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posted by Fukutake at 12:20| 日記

2019年12月04日

人間の本質性

「人間とは何か」実存的精神療法 V.E.フランクル 山田邦男監訳
 春秋社 2011年
(その2)

p229〜
 「ここにたとえば、かつての強制収容所収容者の次のような体験報告がある。
「収容所にいた私や私の仲間たちすべてにとって明らかだったのは、われわれが拘留中に経験しなければならなかったことを、いつか未来において埋め合わせすることができるような幸福は、この世には存在しないということだった。もし幸福の収支決算をするとすれば、われわれに残されていたのはただ一つ、(高圧電流が通っている)『鉄条網に走り込む』、つまり自殺することだけだった。しかし、われわれの仲間たちがそれを実行しなかったのは、何らかの深い責任感からそれを思いとどまったからである。私自身について言えば、私は母に対して
生き抜く責任を負っていた。私たちはお互いに何にもまして愛しあっていた。だから、私の生命は、たとえどんなことがあっても、意味を持っていたのである。しかし私は、日々刻々、死を覚悟しなければならなかった。それでも、私の死や、それまでに私が蒙ってきたすべての苦しみは、なお何らかの形で意味を持つはずであった。というのは、そのとき、私は天と一つの契約を結んだからである。それは、もし私が死なねばならない運命ならば、私の死の代わりに母を生き延びさせ給え、そして私が死に至るまでに受けねばならなかった苦悩の代わりに、いつか母が安らかな死を迎えられますように、というものであった。このような犠牲という視点に立つことによってのみ、私は苦しみに満ちた自らの生活を耐え忍ぶことができるように思われたのである。私は、私の生が意味を持つ場合にのみ、私の生を生きることができたのであり、苦しみや死が意味を持つ場合にのみ、私の苦しみ、私の死を死することを望むことができたのである。」
 …
 この男性は、彼が愛している人間が身体的にまだ存在しているかどうかをまったく知らなかったのであるが、それでも、そのことは彼の妨げにはならなかったのである。そして彼は、後になってやっとその身体的「存在」の問題に、いわば偶然に、ぶつかったのである。それゆえ、愛は、その人の身体的存在がもはやほとんど問題にならないほど、本質的に人間の存在を意味するものなのものなのである。言い換えれば、真に愛する者は他の人間の本質性によって充たされるために、他の人間の現実性はいわば背景に退くのである。」


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極限の愛。
posted by Fukutake at 11:44| 日記