2019年09月12日

虫とアート

「虫展」 − 虫とアート − 

東京ミッドタウン 21_21美術館にて開催されている「虫展 (デザインのお手本)」(2019.7.19〜2019.11.4)に掲示されていた養老孟司のメッセージ

 「(展示を見ているのは誰だ?)
 人間はなぜアートを必要とするのか。
虫はデザインではありません。自然です。デザインはそれをお手本にしているんです。
 −−− そう、佐藤 卓 さん(*)は書かれています単純明快です。私もそう思います。以上終わり。
というと怒られそうなので、付け加えます。

 アートとは何か。最近それを考えています。アートがなくても生きていけますが、ないとどうも具合が悪い。大まかに言うと 私たちの遺伝子は、神経系を生み出し、その神経系が意識を生みます。「このお湯は熱い」といった外界から得た情報を脳に送るその接点が「感覚」です。一方で、「熱いお湯はやっぱりいいな」と思うのが意識です。「感覚」と「意識」はどちらも大切で、感じるだけで考えないのも。逆に頭の中で考えてばかりいるのもダメです。どちらかに偏ってしまうと、あまりよくありません。とはいえ、現代人は意識の中に引きこもりがちです。引きこもり型と言ってもいいくらいで。意識、つまり脳の方にばかりに引っ張られてしまいます。それなら感覚を取り戻せばいいでしょうが。そうです。アートは感覚の域にあるので、それならアートに触れると良い。なぜならアートは感覚と外界の接点にあるからです。小檜山賢二さんのトビケラをあなたはどう見ましたか?蛾の動きにヒントを得たラオスの小林さんのダンスは? トビケラも蛾も自然の産物です。ですが、それを小檜山さんはアートの観点で見て、あの画像を創り出しました。小林真大さんは蛾の動きの美しさを見出し、あんな風に夢見て、舞い踊っているのです。一生懸命になると我を忘れます。あれは神経系の働きで、気持ちの良いものです。さて、そこで質問です。「我を忘れた」と思うのは誰でしょう。
 最後に脳みそを置いてもらいました。この脳みそ、見たでしょう?これを見ていたのはあなたです。この展示を見ているのもあなたです。デザインのお手本になるかどうか、感じるのも考えるのも、すべてあなたなのです。でもその外には、無限の世界があるんですよね。」


(*)佐藤卓
 「自然を映し出す存在である、虫。虫の色、質感、または習性には、私たちの想像をはるかに超える未知の世界が広がっています。本展は、知れば知るほど不思議な虫たちを「デザインのお手本」にする試みです。展覧会ディレクターにはグラフィックデザイナーの佐藤卓、企画監修には虫好きとして知られる解剖学者の養老孟司を迎えます。虫の骨格を人工物にあてはめてみたら?翅(はね)を上手にしまう仕組みをロボットに応用してみたら?人間が虫に名前をつける法則は?クリエイターが、そして訪れる一人ひとりが、虫の多様性や人間との関係性を通して、デザインの新たな一面を虫から学ぶ展覧会です。」


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無限の感覚と有限の意識。

posted by Fukutake at 11:38| 日記