2019年09月09日

ロンドンのフロイト

「昨日の世界 U」 シュテファン・ツヴァイク 原田義人訳 
 みすず書房 1999年

 フロイト
p622〜
 「国境を越え、時代をつらぬく名声を故郷に贈りながら、その故郷から、今やロンドンに亡命したこの人物は、年齢からいえばずっと前からすでに老齢の、はなはだ病弱な人物であった。しかし彼は疲れ果てた男でもなければ、打ちくだかれた男でもなかった。ウィーンで過ごさなければならなかった苦しい時期のあとで、気むずかしくなったり取り乱したりした彼と再会しなければならないのではないか、と私はひそかに恐れていたが、以前にもまして自由で、幸福そうな彼を、私は見出した。彼はロンドン郊外の家の庭に私を連れ出すのであった。「私はこれまで以上に立派な家に住んだことがありましたろうか?」と、彼はかつてあんなにも厳格であった口辺に明るい微笑をたたえて私に訊ねるのであった。マリー・ボナパルトが彼のために救い出した、愛玩のエジプトの小さな彫像を、彼は私に見せた。「私はまだ自分の家に住んでいるのではないでしょう?」そして書きもの机の上には、彼の原稿の二つ折版の大きな頁が開かれていた。八十三際の彼は、毎日あの同じ円味を帯びたはっきりとした書体で書き続けていた。彼の精神は彼の最良の日々と全く同じように明るく、同じように疲れを知らなかった。彼の強い意志は、病気も高齢も流譚も、あらゆるものを克服していた。そして今や初めて、長年の闘争によって抑えられていた彼の本質の善良さが、のびのびと彼からあふれ出るのであった。高齢は彼をただいっそう優しく、凌ぎ耐えて来た試練は彼をただいっそう寛容にさせているだけだった。彼は今ではときおり、私が以前にこの控え目な人物にはけっして見出さなかったような、愛情のこもった身振りを示すのであった。彼は私の肩に腕を置いた。そしてきらきらする眼鏡の背後から、彼の眼は以前よりも温かく私を見つめていた。あらゆる歳月を通じて、フロイトとの対話はいつも私にとって最高の精神的な楽しみであった。人は学びもすれば同時に感嘆もした。人はこちらから話すあらゆる言葉が、この偉大な偏見のない人物によって分かってもらえるのを感じるのであった。この人物は、どんな告白によっても驚かされず、どんな主張を聞いても興奮させられなかった。この人物にとっては、明瞭に見る人間、明瞭に感じる人間に他人を教育しようとする意志が、ずっと以前から本能的な生の意志になっているのであった。」


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posted by Fukutake at 16:10| 日記