2019年09月05日

清王朝の黄昏

「中国文明の歴史 9」−清帝国の繁栄− 宮崎市定著 中公文庫 2000年

不吉な前兆 p356〜

 「乾隆時代は表面は清朝の絶頂期で、経済界には好景気が続き、産業は栄え、文化は爛熟の域に達した。しかし一方、社会の裏面には薄暗い不吉な前兆が現れはじめた。政治上には雍正時代の官規粛正に対する反動として、綱紀が紊乱しはじめた。上官が権力を笠にきて下から賄賂を貪りはじめれば、それが下へ下へと響いて、最後には人民のところでとまる。人民は上からしたたか取られるが、取られっ放しでほかから取るところがないのだ。そういうさいに人民は無言の抵抗をはじめる。中国は古くから、社会の落伍者を収容する設備が自然にできあがっている。それは秘密結社である。
 中国ではどんなに政治がうまく行われているときでも、必ず政府の目の届かぬ世界、秘密結社が存在した。ただ政治が比較的良好なときにはかれらの活動が鈍って目だたぬが、政治が退廃すると、にわかに活発に動き出す。秘密結社はたいてい政府が禁止している邪教の信者の隠れた団体で、弥勒仏の下生(げしょう)を信ずる者がいちばん多い。しかし実際は信仰は仲間の結束を堅めるための手段にすぎず、もっと重要な目的がほかにあり、それは闇商売である。とくに塩が闇商品になって取り引きされるが、その利益はすこぶる大きい。そこで生活に窮した貧民は、結社に加入してその保護を受け、手先になって闇商売を行うのである。政治が乱れたときほど税金は高くなるもので、塩の値段もしたがって高いから、闇でもうける利鞘は大きい。貧乏人は食うに困って続々加入するので、結社の勢いが増大する。多いときにはおそらく全国で、数十万人から百万人をこす闇商人が闇で生活をたてていたと思われる。かれらは堅い団結を保って、結社の掟に従って動くのである。じつに危険千万な状態と言わなければならない。
 『紅楼夢』の作者は、その鋭い感覚で、早くも清朝治下のつぎにくるべき社会の有様を予見したと思われる。華やかな貴族社会の描写の底に流れる哀調は、かれ自身の家庭の没落による感傷であることはもちろんであるが、同時にかれの仲間たちに対する警告でもあったに違いない。しかし当時一般の人たちには、大清王朝の基礎は盤石のように固まり、永久に揺るぎない命脈を保つかと思いこまされていたであろう。そしてなかでもいちばん強気で楽天的なのが、最高の責任者、乾隆帝であったらしい。」

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驕慢が招く大清帝国没落の気配

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posted by Fukutake at 11:00| 日記