2019年08月02日

貧乏だけどたのしい

「百年分を一時間で」 山本夏彦 文春新書 平成十二年

貧乏
p216〜

 「…大衆は食べられる限り革命を欲しません。ひと握りの王侯貴族が贅沢と助平の限りを尽くして大衆は食うや食わずでしたから、百年に一度西洋では革命を起こしました。そして天下をとったものが同じ贅を尽くし、大衆は同じ食うや食わずでした。だからまた百年か二百年たつと革命をおこして二千三千年、こうして人間は健康を保ってきたんです。ところが今回は大衆が食いものを捨て、助平の限りを尽くすようになってこれを倒すものがありません。大衆が丸ごと倒れる番だというのが僕のこの欄で話した「社会主義」のダイジェストです。

 夏涼しく、冬あったかく、食い物と着るものは捨てるほどあって、世界中を旅して、あんたがたは古人が夢にもみなかった極楽のまっただ中にいるのですよ。貧乏は「ごっこ」になったのですよ。

 クリントン大統領が来日した時、橘曙覧(あけみ)という江戸末期の歌よみの歌を引用して話題になった…「独楽吟」という五十二首があってそのうちの一つを、日本人に教わったのでしょう。
(中では)貧しいが満ち足りた歌を詠んでいる。米櫃がこれだけ一杯だから、ひと月はもつだろう、それがうれしいという歌がある。

「たのしみは銭なくなりてわびおるに 人の来たりて銭くれしとき」「たのしみはとぼしきままにひと集め 酒飲め物を食へと言うとき」「たのしみは嫌なる人の来たりしが 長くもおらで帰りたるとき」「たのしみは妻子(め子)むつましくうちつどい 頭なべて物を食うとき」。

 小学校から英会話を教えて、百人一首も知らない子に育ててどうする。」

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posted by Fukutake at 10:09| 日記