2019年06月17日

世界で一番幸せな人間とは

「汝自身を知れ」古代ギリシャの知恵と人間理解  三嶋 輝夫 
  NHK出版 2005年

(その1)

第25章 運命の転変と幸福− クロイソスの場合
p424〜
 「ヘロドトスによれば、昔アテナイの政治家にして詩人として有名なソロン(前六四〇ころ〜前五六〇年ころ)がリュディアの首都サルディスを訪れたことがあり、そのとき、彼とクロイソス王のあいだに次のようなやり取りがあったそうです。クロイソスは家来に案内させてソロンに宝物でいっぱいの蔵を見物させたあとで、こう訊ねたそうです。

 「アテナイの客人よ、そなたのうわさはこの国へも雷のごとく響いておる。そなたの賢者であることはもとより、知恵を求めて広く世界を見物して回られた漫遊のことも聞き及んでおる。そこでぜひ、そなたにお訊ねしたいと思ったのだが、そなたは誰かこの世界で一番しあわせな人間に会われたかどうかじゃ」(ヘロドトス『歴史』巻一 三〇説)

 言うまでもなく、クロイソスとしては自分の名前が挙げられるだろうと思って、そう訊ねたのですが、あにはからんや、ソロンはテロスという聞いたこともないようなアテナイ人の名前を挙げます。予想外の答えに勢い込んでその理由を訊ねるクロイソスに対して、ソロンは落ち着いて次のように答えます。

 「テロスはまず第一に、繁栄した国に生まれて、すぐれた良い子供に恵まれ、その子らにまたみんな子供が生まれ、それが一人も欠けずにおりました。さらにわが国の標準からすれば生活も裕福でございましたが、その死に際がまた実に見事なものでござました。すなわちアテナイが隣国とエレウシスで戦いました折、テロスは味方の救援に赴き、敵を敗走させたのち、見事な戦死を遂げたのでございます。アテナイは国費をもって彼をその戦没の地に埋葬し、大いにその名誉を顕彰し他のでございます」(同前)

 このソロンの答えからうかがえる幸福とは、栄えている国に生まれ、子ども運に恵まれるとともに、多少ゆとりのある暮らしを送り、さらにはその仕上げとして立派に死んで、名誉に与るというもののようです。このような幸福観は現在でもかなり一般的なのではないでしょうか。
 さてクロイソスとしては、せめて二等にはなりたいと思って二番目にしあわせな人間は誰かと訊ねるのですが、今度もまた期待を裏切られます。「寿司食いねえ」の台詞で知られる講談・浪曲の「森の石松」ではありませんが、自分の名前が出てこないのに痺れを切らしたクロイソス、ついに我慢しきれなくなって、ソロンに食ってかかります。」

次回に続く。
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posted by Fukutake at 12:32| 日記