2019年04月26日

ゆらぎ

「宇宙が始まる前には 何があったのか?」ローレンス・クラウス著
 青木薫訳 文藝春秋

 量子のゆらぎ

 p215〜
 「…もしも宇宙が無から生じたとすると、どの天体のニュートン的エネルギーの総量もゼロであるような、平坦な宇宙になるはずだと言える理由を説明しよう。その話は少々難しくなるため、一般向け講義では説明できなかったので、ここで扱えることをうれしく思う。
 まずはじめに、当面、わたしがどんな種類の「無」について論じるのかを明らかにしておきたい。それは、一番簡単な無、すなわち空っぽの空間である。さしあたって、内部に何もない空っぽの空間というものがあり、そこには物理法則が存在しているものと仮定しよう。しかし、科学的な定義は使い物にならないと言わんがために、無という言葉の定義をくるくると変える人たちが作り替えた無の定義に照らせば、このバージョンに無は、本当の無ではないということになってしまうのだ。だが、なぜ何もないのではなく何が存在するのか、という問題をめぐって真剣な考察がなされていたプラトンやアクィナスの時代には、何も含まない空っぽの空間こそが、彼らの考える無、すなわち「何もない」ということの、良い近似になっていたのではないだろうか。
 アラン・グースはこのタイプの「何もない」ところから、いかにして何かが生まれたのかを説明したーーそれは究極のフリーランチだった。空っぽの空間は、物質や放射がまったく存在しなくても、ゼロでないエネルギーを持つことができる。そして一般的相対理論の教えるところによれば、エネルギーをもつ空間は指数関数的に膨張する。結果として、ごく初期にはきわめて小さかった領域も、一瞬のうちに、今日の観測可能な宇宙を軽々と含むほどの大きさになったのだ。
 その急激な膨張により、空間に含まれるエネルギーが増大し、われわれの宇宙を含む領域はどんどん平坦になる。そうなるためには、手品も、奇跡の介入もいらない。そうなるのは、空っぽの空間のエネルギーに伴う重力的な「圧力」が、負の値をもつからである。「負の圧力」であるため、宇宙が膨張するにつれてエネルギーはどんどん空間の中に移行し、空間のエネルギーは減少することがない。
 この描像によると、インフレーションが終了したとき、空っぽの空間に貯め込まれていたエネルギーは粒子や放射のエネルギーに変わり、現在のビッグバンの膨張が始まる。そこから先の成り行きは追跡することができる。というのは、インフレーションは事実上、それ以前の宇宙についての記憶をきれいに消し去ってしまうからだ。はじめにどんな複雑性や規則性が(大きな、もしかすると無限大の宇宙ないしメガバースの中で)存在していたとしても、十分なインフレーションの膨張が起こったあとでは、きれいに引き伸ばされるか、または今日の地平線のその側に追い出されるか、あるいはその両方が起こり、結果として、われわれが観測する宇宙はほとんど均一になるのである。」


----
「ほとんど均一」とは、わずかな密度のゆらぎは残り、それが今日の宇宙の構造となった。
posted by Fukutake at 09:08| 日記